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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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10. 合同演習


 ルートヴィヒに断られてしまったので、手当たり次第声をかけることにした。


 結果惨敗。学園中の全生徒に声をかけたが、誰も自分と関わりたがらない。ただでさえ浮いた存在であるのに益々孤立してしまったような。

 無力感に打ちひしがれていると、アクラからも疑問の声が上がる。


「何故今更友達が欲しいのですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ」

「サーシャ様がお寂しく感じているなんて、不甲斐ない所存です。ずっと私めがお側におりましたのに」

「違う違う」


 手のひらを振りながら、アクラの懸念を払拭する。

 正確には友人ではなく、特待生が持つ『通過証』が欲しいのだ。そのためのコネクションを求めて人と接点を作ったに過ぎない。ルートヴィヒが頷いてくれたら話は早かったが、今世ではあてにならなかったから。


 学園にはあらゆる結界が張られている。以前無理やりぶち破ったら感電して死んだのでそれは避けたい。安全に手堅く、学園調査を進めるためにはなくてはならない必須アイテムであった。魅了で奪ってもいいが、通過証は血の契約が施されている。つまり、契約者本人の意思の外で発動できない。快く譲渡してくれる誰かが必要だ。


「サーシャ、ここにいたのか」


 不意に担任の声がして振り返る。強面なセルゲイは更に厳しく低音を発した。


「Fクラスはもう競技場に集合しているぞ。お前も早く来い」

「何かありましたっけ?」

「……全校生徒対象の合同演習だ。年間予定にあっただろう」

「合同演習? あ、……ああー!」


 突然降ってきた幸運にサーシャは叫んだ。

 思い出した、合同演習。合同演習とは所謂下級生を合法的に痛めつける憂さ晴らしの場である。Fクラスはあらゆる方面から集中攻撃を受けるので、極力避けていた。


 合同演習の勝者には誉として副賞が与えられるのだ。望みのものを何でも与えられるという破格の待遇。

 例年ルートヴィヒの一人勝ちだったので、風紀が乱れることはなかったが。

 しかし、今世は事情が違う。

 訓練を重ねてきた自分ならばきっと学年主席に勝てる。そして平和的に通過証を獲得できる。なんて素晴らしい!


「すぐ行きます!」


 これからリンチを受けるものとは思えないセリフ。Fクラスは皆恐怖に怯える大イベントに、サーシャは意気揚々と飛び出した。




 あり得ない試合展開に一同真顔になる。

 何が起こっているのか、生徒はおろか学園長にすら理解できない。Fクラスの問題児が問答無用で生徒たちをなぎ倒していく。

 いや、なぎ倒すというと語弊がある。やんわりと風をはらい場外へ落とす。一対多勢にも関わらず、かすり傷の一つも与えない。まるで赤子に相手にした全力の手加減に言葉一つ発するのを忘れるほど。


 その中でただ一人壇上で眉をしかめた美少年がいる。奇跡の天才、ルートヴィヒは目の前の適性ゼロに明確な敵意を示していた。

 今や演習場でまともな精神状態でいるのは彼と問題児、二人だけである。


「お手柔らかにね」

「減らず口を」


 緩い挨拶に拒絶を表し、天才は火柱の魔術陣を構築する。見たこともない数式に、サーシャはあえて足を止めた。

 初見なのでとりあえず攻撃を受けてみたい。その余裕が益々貴族のプライドを抉る。


 陣から火柱が吹き出し、子供目掛けて軌道を変えた。まるで生きているような縦横無尽な動き。避けた先に火炎が迫り、完全にこちらの動きを読んでいる。

 避けること前提に計算されており、サーシャは目を見開いた。


「これ、凄いね。どうやんの?」

「教えるわけがない」

「確かに。教えてもらっても俺には理解できないなぁ」

「尽くバカにしてくれる」


 舌打ちをしたルートヴィヒ。初めて聞いた気がする。彼はいつも優雅で精錬としている。今日はやけに荒っぽい。


 頭上に影が落ち、飛球が降り注ぐ。火柱は変わらず自分を追いかけてくるので、同時進行で二つの計算式を構築しているのだ。

 想像を絶する天才。三つめの魔術陣が足元に現れ、いっそ感心した。


「これがルートヴィヒの戦いなんだね。凄い」

「容易く避けておいて、感心したフリはよせ。嫌味に虫唾が走る」

「本心なんだけど」

「無能なそぶりで油断を誘うのか。Fクラスに入ったのはそのためか」

「いや、俺はAクラスを望んでたよ」

「…………」


 そういえば、と貴族の唇が歪む。

 確かに適性検査においてサーシャは申し分ない結果を叩き出した。あれには素直に感心したが、教師らが要らぬ口を挟んだのだ。結局野生児は最下位クラスへの配属となる。

 あれは何故か。理屈が通らず、ルートヴィヒの苛立ちは募る。こんなの咬ませ犬も同然だ。


 先から攻撃はルートヴィヒの一方的なもので、周囲には優勢に見えているだろう。しかし組んでいる本人だけはわかる。サーシャは少しも本気を出していない。汗一つかかず、呼吸も乱さず、美しく空中で舞を踊りながら、演技を楽しんでいるだけ。血反吐を吐く訓練の先に獲得した自分の技量が、無慈悲に踏みにじられる。


「……クソッ!」

「?」


 どす黒い感情で野生児の睨みつける。しかし彼は、目尻の端を緩め柔らかく微笑んだ。まるで幼子の癇癪を宥める母のような眼差し。同じ土俵にすら立っていない現状にますますルートヴィヒの心は歪む。

 四つ目の魔術陣は使いたくない。己の魔力量を超えるので、その分生命力が削られる。寿命が縮むことですめばいいが、もしかしたらこの場で倒れるかもしれない。しかし一矢も報いぬまま終わるなんて。葛藤が身を焦がす。

 すでに貴族の魔力量は切れかかっていた。震える手足を忌々しく思っていると、……突然サーシャが動きを止めた。


「あ」


 空を見上げ、周囲を見回す。ルートヴィヒを蚊帳の外に置いた、メンドくさそうな視線。

 次の瞬間大地が震えた。呼吸が苦しいと思ったら、空気が焼けている。あたり全体湯気が立ち上り、貴族は思わず膝をついた。

 何が起こったのかわからない。学園中皆々、体から水分を奪われ地面に倒れてゆく。サーシャがしでかしたことではないようだが。


「みぃつけた」


 残虐な声が耳に響き、頭上が真っ暗に覆われる。視界を奪っているのは雲ではない。太陽とも見間違う、巨大な岩石であると確認した時、ルートヴィヒの意識は飛んだ。

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