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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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8. ささやかな復讐

「行ってくるね〜」


 ヘラヘラと手を振ってサーシャは神殿に足を踏み入れた。

 すぐに床が抜け、少年の体は真っ逆さまに落ちる。数分落ちてマグマの中に浮かぶ足場へと着地した。

 相変わらず灼熱の炎に包まれた聖域の中心は恐ろしく熱い。とはいえ今のサーシャにとって何ら恐れるものではない。


 マグマの中からフレアが立ち上り、ファイアボールが行き交う。炎の終着点はイグニスが横たわる台座だ。太陽が弾けるように火焔を吹き出し、周囲の空気を焼いていく。

 サーシャは小さく空中を指で弾いた。氷の飛礫が指先から生まれ火の精霊神へと飛んでいく。イグニスの鼻の頭に辺り、残虐な青年は胡乱な瞳をこちらに向けた。


「虫けらか」


 イグニスは何事か呟き、同時にサーシャの立つ足場が揺れる。四方からマグマが津波のように盛り上がり、壁となって逃げ場を塞いだ。

 重力に従ってマグマが何重にも層となって降ってくる。少年はそれを緩く微笑みながら見上げた。


 大地にマグマが降り注ぎ、飛沫が上がる。マグマの波は二波三波と続き全てを溶かし焼き尽くした。元の大地には人一人の影もない。マグマを被った大地はグツグツと煮えだち煙を上がる。

 人の姿が消えたのを確認した神は、不愉快に鼻を鳴らして瞳を閉じる。

 ──閉じようとして、また鼻先に何かが当たった。


「……は?」


 空中に柔かに微笑む少年が浮いており、氷の粒を全身に纏っている。どうやって抜け出たのか考える前に、焼き殺したい衝動に駆られたイグニスは再度マグマを揺らした。

 火焔の柱がズドンと放出され、少年の小さな体を飲み込む。

 しかし少年はニッコリと笑っただけで避けもせず火の中で体を反転しただけだ。サーシャに触れた火柱が触れたところから凍りつく。


「はぁ?」


 今まで神の業火を防いだものなどいない。それが運命なのだと、どの生物も受け入れて来た。ただの人間ごときに回避されるわけがない。


「今度は俺の番ね」


 余裕を思わせる微笑みに乗せて、サーシャは指で一線を描く。周りに氷柱の槍が出来上がり一斉にイグニスの元に降り注いだ。

 イグニスの動きを縫い止めるそれは、殺傷能力はない。煩わしく円を描いて氷柱を蹴飛ばすと、瞬間イグニスの顔に影が落ちる。

 頭上に顔を向けたのとそれが降って来たのは同時であった。


 巨大な鉄砲水が神に降り注ぐ。冷たいとかそういうレベルではない。息も告げない圧縮した水圧にイグニスの台座が真っ二つに割れた。

 逃れようとも、先の氷柱が絶妙な死角から自分を縫い止めており、直に水を被るしかない。

 数分続いた攻撃が終わり、窒息しかけたイグニスはがくりと膝を折る。

 これだけの魔力を使えば人間だって無事ではいられない。きっとあの人間も魔力切れで息絶えているだろう、と神は力のこもらない瞳をあげた。


「…………」

「ふふ」


 少年は相変わらずの余裕を持って空中に浮遊している。

 しかもその背後の天井いっぱいに霰や雹を含んだ黒雲が浮いていた。今の水鉄砲を耐えれたら次はヘイルストーンが飛んでくる。

 魔力切れの片鱗も見せない少年に神の唇が震えた。


「……クソガキ、何者だ」

「君に恨みを持ってるものだよ〜」

「は?」

「いつも叩かれ蹴られて、あれ結構痛かったんだからね」

「んなの、覚えねえぞ」

「俺は覚えてる。少しくらい仕返ししてもいいよね?」


 イグニスの言い分を聞かず、サーシャは次なる攻撃を加えた。

 水魔法に火の精霊神は不利だ。多少の魔力ならどうということはないが、少年の使用する魔法は質が違う。

 高純度の水魔法にイグニスはどうすることも出来なかった。




「お疲れ〜!」


 非常に清々しい笑顔でサーシャは火の神殿から戻って来た。石に腰掛けて待っていたアクラも、顔を上げて笑顔で答える。


 しかしすぐに後ろに続くであろう火の精霊神の姿が見えず、水の神は首を傾げた。


「彼は?」

「ああ、イグニスのこと? いないよ」

「なぜです? 契約しに行ったのではなかったのですか?」


 サーシャはキョトンと目を瞬かせた後、「違うよ」と微笑んだ。

 アクラは解せない。いつもここに来るときは聖域攻略後イグニスを後ろに従えていた。


「今回は捨て回って言ったじゃん。あんな面倒なの相手にしないよ」

「んだと」


 微妙な時差で現れたイグニスが、サーシャの毒舌を耳に入れ拳を振り落とした。

 ごつん。

 鈍い音と共にサーシャは地面に蹲る。目の前に星がチカチカと瞬き、何が起こったのか瞬時に理解できない。


 乱暴に蹴飛ばされて、飛んだ先の岩肌に倒れながら、舌打ちする青年を見上げる。

 アクラがすぐに駆け寄ってくれたが、それよりも早くサーシャは迫り来る暴力に備え氷の壁を築いた。

 振り落とされる拳は、高純度の氷を砕けない。イグニスの顔がかつてないほど歪む。


「殺す。ゼッテー殺す」

「いや、今ので相殺でしょ。普通に死んだよ」

「あそこまで煮え湯飲まされて。一発殴って終わりなんて収まるか。腑くらい掴ませろ」

「回復してあげたじゃん。感謝させるのはわかるけどそんなに怒ること?」

「四肢をもがせるっつーんなら感謝してやる」

「こっわ」


 怒り狂うイグニスを一瞥して、サーシャはさっさと逃げた。


 聖域の長であるイグニスを倒したことで制限が解かれている。サーシャの意思で自由に外部へ行き来できるようになっていた。

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