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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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4. Aクラスを目指して

 今まで成績に無関心だったため、ずっとFクラスであった。


 勉強に意味を見出せず、どのランクであっても大差はなかった。しかし今世の目的は学園の秘密を探ること。

 AクラスとFクラスとの恩恵の差は凄まじい。Aクラスは高度の学術書を容易に手に入れることができるが、不出来なFクラスは絵本しか配給されない。

 また、特進クラスに選出されれば研究塔への通過証も発行される。行動の幅が絶対的に違うのだ。

 であるならばAクラスへの編入を目指すのは当然の流れだ。


「今まで聖域を出るとき、姉さんたちに種を蒔くよう言われたでしょ。あれ、いずれ世界樹として育つからその下準備だったんだよね。けれど今回はそのフラグをへし折ってきた。種に注ぐはずだった魔力はまだ俺の中にある」

「え、あの大事な工程飛ばしてきたんですか。じゃあいよいよこの世界は終わりですね」

「捨て回だって言ったでしょ。色々試しても良いじゃない」


 そんなことを話していたら、突然壇上で歓声が上がった。


「ルートヴィヒ、適正100! Aクラスへ」


 見上げると、ゆるく髪をうねらせた黒髪の少年が壇上に立っている。

 幼いルートヴィヒである。子供の割に大人びた気品と美貌を持つ貴族の少年は、沸き立つ歓声に顔色一つ変えず辺りを見回す。

 彼の視線は天井に向き、貴賓席へと僅かに手をあげて答えた。あちらに彼の両親がいるのだろう。他の貴賓席よりも高い位置に作られたそれに、ルートヴィヒの家柄が非常に良いことが知れた。


「適正100なんて初代学園長以来だ」

「初めてこんな数字を見た」

「この場にいて良かった……」


 歓喜と感動の波が講堂を包む。サーシャも感心しながら自分の順番を待った。


「アクラはもう離れて良いよ。教師たちの席はあっち」

「いえ、幼気なサーシャ様を一人にするわけには」

「見た目でしょ。実年齢で言えば俺はこの場の誰よりも最高齢。年長者は敬いなさい」

「お言葉ですが、サーシャ様。年齢を重ねるだけで人は偉くはなりません。相応の努力が必要なのです。申し上げ難いのですがサーシャ様はとても実年齢相当のお人には思えません」

「なにそれ。まぬけは幾つになってもまぬけってこと?」

「そうは言ってません。言葉は選びました」


 ってことはそういう意味で言ってるんじゃないか。


 ちょっとムッとしてサーシャはアクラを手で振り払う。


「戯れはここまで。俺がバカなのは自覚してるから行って。監督生に扮していたとしても、流石に付かず離れずは目立つから」

「かしこまりました」


 アクラは一礼して、適性検査を待つ子供の列から離れる。けれどサーシャの視界の隅にしっかりと陣取り、少年の一挙一動を逃さないよう姿勢を正した。

 完全に保護者のそれだ。

 呆れたサーシャは、もう彼を気にしないことにした。


 まもなくしてサーシャの順番になる。

 天井から吊るされた大きな円盤の前にサーシャは手をかざす。文字盤には眠っている老人の顔が彫られている。前回はこの顔に笑ったが、今ならばわかる。

 老人は時計に宿った妖精なのだ。他の人間には認知できない古い妖精。


 サーシャの魔力を感知した老人は、麗らかな日差しを感じたようにうっすらを目を開け、にっこりと笑う。


『おや、こんなところで珍しいのう』

「今度はちゃんと測ってね」

『わしの測定はいつでも真剣・的確・寸分の狂いもないぞ』


 くるりと時計が文字盤の上で針を進める。

 良かった。今回はゼロではない。けれど測定値が何を指しているのかわからない。どの程度のクラスに属するのか判定員の教師に視線を向けたが、彼は文字通り固まっている。


「サーシャ。……適性、せ、1000?」


 蚊の泣くような弱々しい声がマイクから漏れた。

 ルートヴィヒには祝福の歓声をあげた講堂が一気に静まり返る。

 適性の値にサーシャは「ふーん」と思ったが、講堂の反応の方に首を傾げた。この静まりよう、ゼロの時と同じだ。

 別に祝福して欲しいわけではないが、何の反応もないのも僅かばかり寂しいものだ。


 ま、良いか。これでAクラスは確実だろう。

 などと安堵の息を漏らすと、他の教師たちから異議の声が上がる。


「再判定を」

「そんな値はありえない」


 判定員は他の教師たちの指示に従い、再判定を行うがまたも同じ位置で針が止まる。繰り返される判定に、時計の老人は呆れたようにため息をついた。


『ほれ見ろ、人間どもは期待した結果しか受け入れぬぞ。何度測っても同じであるのに時間の無駄じゃ』

「え、このままの測定値を信じてくれないってこと?」

『さよう。このままでは延々と終わらぬぞ。適当な数値でも叩き出すか?』

「そうだね。終わらないのも困るし。じゃあ90くらいで」

『了解した』


 時計は答えると、回す針の角度を大幅に変える。

 その数値を見た判定員は難しい顔をして、サーシャと他の教師たちの顔を交互に見る。


「大変残念ですが、測定器は壊れているようです。サーシャの適性検査は筆記試験の結果をもってクラス分けをします」


「え!」


 予想外の決断にサーシャは驚きの声を上げる。


 筆記試験に向けた対策などしているわけもない。

 当然のようにゼロ点の結果をたたき出し、サーシャは見慣れたFクラスに配置されてしまう。「適正ゼロ」のあだ名は今世でも継続されることとなった。

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