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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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5. 文無しの初仕事


「お金がないんだけど」

「は?」


 基本的かつ切羽詰った問題にサーシャは思わず天井を仰いだ。

 ちょっと前までは金銭感覚がわからなかったため、ルーナに与えられるまま資金繰りをしていた。しかしもう学園に入園した身なのだから自立すべきである。

 大人が聞けば吹き出しそうになる呟きに、幸い反応する面々は今この場にいない。


「あげるよ?」

「いや、そこは男として股間が関わるから」

「沽券ね」


 ルーナに誤りを指摘され「間違えた」と、笑い返す。一度くらいベタな台詞を使ってみたい。

 ごろりと部屋のベッドに横になりながら唸っていると、ルーナが同じベッドの縁に腰掛けて上から覗き込んできた。


「何が欲しいの?」

「まだ買っていない参考書と、杖と、箒と、あとは」


 脳内で「まだ揃えていないのか」と担任が突っ込んだ。

 入園金はなんとか家の貯蓄で賄えたが、それ以外に殆ど手をつけていない。授業料は半年払いなので、次の支払いまでなんとか手を考えよう。まずは直面、授業で使う物品の購入である。


「というか、授業ちゃんと受けてないじゃん。それなのに必要なの?」

「え〜? ちゃんと受けてるじゃん」


 サーシャは本気でそう思っている。

 例え寝ぼけていようが、奇怪な行動をしていようが、欠席していようが、本人の中では理屈に合った行動なのだ。

 

 全力で真面目に授業を受けている、と胸を張った。

 呆れたようにルーナはため息をついて、子供の髪を掬う。艶々の飴色を無意識に編んでいく。されるがままにサーシャは「だから働こうと思うんだ」と、冒頭の話題に話を戻した。


「三階の職員室前の掲示板にお手伝いコーナーがあるのを見つけたんだ。依頼をこなせば金銭が貰えるんだよ」

「へえ」


 ルーナは興味なさげに頷き、サーシャの髪へと唇を向ける。長すぎたリボンを器用に歯で切り取った。その際耳元に唇が触れ、こそばゆく感じサーシャは肩をすくめる。


「だからちょっと行ってくるね」

「僕も行く」

「やった。それなら早く終わる」


 ベッドから起き上がると、ルーナもふわりと地面に足を下ろす。少しだけルーナの方が目線が上だ。長い銀髪を空中に遊ばせて、誘いを待つようにサーシャへと瞳を向ける。

 意図を受け取り、笑みを浮かべてルーナの手を取った。



 掲示板は様々なお手伝い内容で埋まっていた。

 倉庫の掃除、図書室での本の整理、園庭の草むしり、会議資料の製本、研究チームの補助……。業者を入れろ、と突っ込みたくなる依頼もあるが、つまり忙しくて手が回っていないのだろう。

 もしくは無闇矢鱈に部外者を入れたくないのか。


 首をひねりながら募集を眺める。

 他の生徒も数人おり戯れに見ているが、サーシャを見つけて距離を取った。


「適正ゼロ」は今や学園内で知らない者はいない。触れれば自分の魔力も落ちると実しやかに囁かれ、サーシャはある種の陰湿な扱いを受けている。

 銀色の少年はそんな彼らを冷ややかに一瞥しサーシャの腕を取る。


「こんなのどれも一緒でしょ。これにしよう」

「え。……まぁいいか」


 ルーナの示した依頼を見てサーシャが職員室に入室した。その背後で生徒が瓶を投げ、ルーナが視線だけでそれを弾く。

 軌道から大きくそれた瓶はそのまま投げた生徒へ向かって飛んでいき、額を割った。悲鳴と共に生徒の額から血が噴き出す。


 悲鳴に気づいたサーシャは後ろを振り向くが、視界を阻むようにルーナが立ち、中へ促される。バタバタと生徒たちが走り去っていくのを視界の隅に見えたような。気のせいだろうか。


 数分後、職員室にて手続きを済ませ、ルーナと再会。

 たった数分だったのに、つまらなそうな顔が更に不機嫌に色を加えている。そんな彼に一言。


「よし、じゃあトイレ掃除頑張ろうか」

「は?」


 そんな依頼だったのか、と銀色の瞳が物語る。どうやらろくろく内容を確認していなかった模様。自分で提案した手前拒否できず、渋々学園中のトイレをサーシャと共にまわった。


 トイレにはサーシャの兄に似た人がいた。快く手伝い受け入れてくれ、かなり順調に仕事が進む。

 ルーナは次元の扉を開き埃を一斉に流し込んでいく。その後トイレを空間ごと隔離し、兄さんが空間丸ごと水で浸しじゃぶじゃぶと水流を作って洗っていく。

 その水もルーナがどこかの次元に捨て、床から天井までびしょびしょになったトイレをサーシャが風魔法と火魔法で乾燥させた。


「これ、どうかな〜」

「はぁ……」


 その辺で摘んだカモミールで芳香剤を作ってみたのだがトイレに合うかも、とそのまま置いてみた。爽やかな香りがトイレを満たし、けれど全然爽やかそうでないルーナは疲れた、とため息をついた。


「もういい。どっか行こ」

「どっかって?」

「気分がスッキリするとこがいい」

「じゃあ、ジャングル行って魔物狩ってくる?」

「それで」


 ほんの少し気分を上昇させたルーナに「ちょっと待ってて」と声をかける。手伝ってくれた兄さんにお礼を渡して、職員室に完了の報告をしに向かう。しかしすぐにルーナに止められた。


「こんなに早く終わらせたらそれはそれで面倒だから。報告は帰ってからにしよう」

「そうなの? オッケ〜」


 依頼を受けてから時間にして一時間も経っていない。

 僅かな間に学園内の全トイレを掃除したなど確実に疑われるし、その時間がひどく勿体無い。

 荒んだルーナの瞳を覗きながら「魔物退治がんばろ〜」と呑気に手を差し伸べる子供にルーナは何度目かわからないため息をついた。

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