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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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2. 協力者

 思った通り目的の人物──アクラが玉座に肘をかけて眠っていた。


 ゆらゆらと揺蕩う水面の中、意識は希薄で全く他者に反応を示さない。

 これは仕方ない。こういう風にできている。


「アクドゥラハルラ、おはよ」

「…………」


 真名に反応した彼は僅かにまつげを揺らす。そしてゆったりとこちらに焦点を当てた。

 曇った瞳が徐々に光を取り戻し、艶っぽいため息を吐く。


「おはよ。おきれる?」


 無言でこちらを見る瞳に影が落ちる。前回彼のことをまんまと忘れ、しかも一番最後へと後回しにしたのだから拗ねている。

 僅かに睨むような視線に、サーシャは呑気な笑みを返した。


「ごめんね。まえ、わすれちゃってて」

「……此度は覚えておられるのですか?」

「いまはだいじょうぶ〜。つよくてニューゲームってかんじ」

「?」

「おぼえてるってこと。またせてごめんね」

「……はい」


 冷えた瞳が一瞬にして甘く蕩けた。子供の名を呼び手を伸ばす。小さな体を着物の中へと抱き込んだ。


 アクラとは連動している、というのはこういう意味だ。

 名を呼ぶと拘束できるのは他の精霊神と同じだが、アクラだけは今までの記憶を共有できるのだ。

 相談相手になってくれるのでこのループした世界で最も重要な存在だ。


「アクラ、そろそろいきがくるしい」

「あぁ、まだ幼子の体では魔力が多く行き渡らないんでしたね」

「ちじょうに、かえして」

「私が口づけを落とせば長くいられるのですが」

「そういうの、いいから」

「ふふふ。冗談ですよ」


 言葉と同時にアクラがサーシャを胸に強く抱き込む。

 薄い胸板に優しく包まれて、次に目を開けた時には水の城の真上、海面に立っていた。アクラの頬が子供へ触れる。


「幼子のサーシャ様、可愛らしいです」

「おれはだつりょくかんが、ヤバイ。まーたいちからやりなおし」

「私はずっとこのままでも良いです。サーシャ様と永遠にいられるのですから」

「じょうだんでもわらえない。くりかえしすぎて、あたまイカれそうなのに」

「それは困りますね。サーシャ様が迎えに来てくださらないと共に過ごせませんし」


 アクラは頬を染めて甘やかしてくれるが、言っていることは非常に鬼畜だ。

 というか前回と性格が真逆である。前はほぼ喋らずサーシャに対し素っ気なく対応していたのに、記憶が戻った途端べらぼうに甘い。


 再会の戯れを果たした後、二人は恒例の反省会へ突入した。


「前回は初めに(ルナ)とお会いしたのですね。その次に(イグニス)(ウェントス)。……あら? どうして私が最後なのでしょう」

「てじゅん、わすれてて。のうみそこわれたみたい。ぜんぶなりゆきだよ」

「成る程。確かに前々回は酷い最期でした」

「もー、あんないたいおもい、したくない」


 精霊神と出会う順番も試している最中だ。

 一番ノーマルなルートは水、火、風の順番だ。月はイレギュラーな存在なので運任せ。実際拘束が必要なのかもわからない。


 イグニスはああ見えて意外にも胸襟を開くのが早い。その上ぐいぐいとうちに入り込んでくるので好感度がすぐに上がってしまう。

 好感度が上がりすぎると溢れんばかりの愛情で焼き殺され、突き放すと「なんで、他の奴とばかり仲良くすんだよ」と焼き殺される。

 普通真名で縛れば契約者に対し危害は加えられないはずだが、イグニスに関しては何故か不安定なのだ。

 先も述べたが好感度の調整が難しい。


 ルーナはフラットなので彼を挟めば調整役として重宝する。

 狙ったわけではないが偶然がハマり、まあまあ上手くいった。


「ルーナはおちついてて、らくだったよ〜」

「ちょっと嫉妬しますね。その役割は私なんですが」

「アクラもいっしょにいてらくだよ」

「ありがとうございます」


 肯定すると満足げに頷いた。実際そうである。青年の頬に手のひらを重ねる。

 小さな手で全てを包むことは出来ないが、アクラは喜びを噛みしめるように瞳を甘くした。唇から漏れる吐息も蜜のように色っぽい。


 前回は冷淡であったが、本来のアクラは艶やかな和装の麗人である。学園関係者は老若男女関係なく、その美貌に心を奪われたものだ。アクラは他の神と違ってわざわざ気配を隠したりしない。


「サーシャ様……」

「そろそろ下ろして」

「もうですか? もう少し良いでしょう?」


 名残惜しむ彼の手を離れ、サーシャは考える。アクラに目を向け落ち着いたところで作戦会議がしたいと告げた。「一旦、家に帰ろう」と。



 妖精の家に着き、姉たちは普段通りといった装いでアクラを迎え入れた。家という概念を持たない妖精たちは、ただサーシャの為だけに住まいを用意しただけで、別にここに留まっているわけではない。

 自由に行き来し、たまたま家を通過してサーシャにおかえりと言う。ただそれだけだ。

 その為住人が増えようが減ろうが彼らにとってどうでもいいのだ。


 アクラは慣れた様子でお茶の準備を始める。茶葉の準備はないので適当にその辺りに生えている草を毟ってお湯に掛けただけ。

 ミントに似た爽やかな匂いが部屋に広がり、サーシャは黙ってテーブルに座って待っていた。


「少し休憩したら休みましょう」

「きゅうけいしてやすむ、って、じゅうふくしてない?」

「しかしサーシャ様はお疲れですので。一緒に寝ましょう。あ、その前に食事を用意しなくては。失礼しました、お待ちください」

「アクラといると、たいだがきわまる。かほごはやめてね」


せっせと動き回る背中を見て、幼児は呆れた。


「過保護ではありません。そもそもサーシャ様のお年頃ですと親の助けを得て成長するのが普通です。四歳児が自分で食料を調達して調理しますか? しませんよね。ならばそれは私の役目です」

「ぜんていが、ちがう。みためはこうだけど4さいじゃないよ。ループかいすう、しってるでしょ」

「それはさておいて、私がサーシャ様に尽くしたいのです。どうかお許しください」

「おれのきぼうもきいてよ、もー」


 一応怒っているのだが、幼児が怒っても全然迫力が伝わらない。

 アクラは頬を染めて抱きしめ、全てをなかったことにしてしまう。


 彼は心の底からサーシャに尽くしてくれるが、一人暴走してしまうのでイグニスとは別の意味で手が焼ける。

 こんなことなら、前回のようにまた忘れたふりでもすれば良かった。

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