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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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82. 懐かしい人


 サーシャが落ちているのは人間界と精霊界とを繋ぐ道である。


 扉も開けず、鍵も使わず、無理やり壊して入ったので負荷が凄まじい。

 上も下も、右も左もわからない眩い光の中、サーシャはただ成す術もなく落ちていく。

 道一帯が魔力の塊なのでだんだんサーシャの人間である部分が壊れてきた。

 肌がめくれ、体の中で臓物が暴れ出す。


(今、顔から何かが零れたな)


 光の中に溶けてしまった球体を、残った眼球で何となく追いながら、少年は光の終点を待つ。


(今は痛みはないけれど、どっちかの世界に着いた時はやばそー)


 苦痛を厭う少年は、ここでも呑気な希望を抱く。

 足先にヒビが入り、皮膚が割れる。皮膚の下から肉が覗いて、ナイフで少しずつ削ぎ落とすように容量を減らしていく。

 まるで人間を解体するかのような様に、サーシャはいつしかの担任との野宿を思い出した。

 アルミラージを仕留めて解体した時とよく似ている。被っている毛皮を剥いで肉を取り出した時、担任は全力でサーシャの行いにドン引きしていた。


 自分だって経験がないわけがないくせに、子供だからと随分過保護に見守ってくれた。経験値で言ったらサーシャの方がずっと上のはずだ。


 気づいたら両手が無くなっていた。まだ残った肘の先で顔を触ると押し戻す感触が泡となって消える。

 ということはもう顔がない。首の骨に肘が当たり、頭そのものが消えたのだとわかった。


(目がないのに何で見えるんだろ〜)


 などと、ふざけた感想を持っていると突然終点が現れた。

 光の奥底から星空を思わせる煌びやかな影が登ってくる。初めは小さな点のような影であったが、サーシャの元に近くにつれ非常に大きな存在であることを知る。

 ガイアほどの巨大な存在にサーシャの魂はされるがままに包まれた。


『遅いぞ』

(だよね〜。ごめんね)


 影がサーシャに語りかけるが、口のないサーシャはそれに答えられない。けれど思っていたことがそのまま影には伝わった。


『終焉の時は近い。早くそれを寄越せ』

(はいどーぞ)


 差し出されたそれを影は受け取り、表情がないくせに、ものを確認した途端顔を顰めたのがわかった。

 少年はぼんやりと影の反応を待つ。


『見たことがあると思えば、またお前か』

(久しぶりだねー)

『お互い因果なものだな。今度はうまくいったのか』

(さあ? わかんない)

『いい加減な』


 影が呆れたようにため息をつく。そして徐々に影の容量を減らしサーシャの元に迫る。魂だけになったサーシャは淡く命の灯火が揺らし、代わりに生命力溢れる影が少年の魂と交わった。

 純白な魂と星々輝く漆黒が重なり、融合する。


 いつの頃からか、サーシャは自分の役割、それに向かう道筋を思い出していた。そのために誰が何を自分に齎すのか、何を吸収してどう使用していくのか、朧げな記憶は徐々に形を成していく。

 初めは小さな波紋であったが、世界樹の頂上に辿り着いた途端、一気に記憶を遮る膜が突風で飛ばされていったのだ。


 まだ疑問が残るところがあるが、解決するための時間はもうない。

 魂の隅っこが壊死し始め、凍りついたように寒い。イグニスもウェントスも散る時はこんな感じだったのだろう。

 痛くも辛くもないがとにかく寒い。体の魔力が肉体を素通りし、辺りに無駄に散らかっていく。

 代わりに星の煌めく影が魂に暖かさを伝えてくれるが、暖かいと感じているのはサーシャ自身ではない。サーシャの『器』に入ってくる影が感知いるのだ。


『器』の運命なんて碌なものじゃない、とウェントスが言ったが、それはこういう意味だ。

『器』自身が精霊王になるのではない。あくまで『器』は『器』でしかないのだ。精霊王になる魂が別に存在し、その受け入れ先が『器』なだけ。

 人間界で器として成長し、成熟したら時期を見て契約を結ぶ。サーシャという入れ物に精霊王の魂が融合し、初めて精霊王なり得るのだ。


 この一連の流れを、サーシャは寒さに凍えながら思い出していた。

 何度も何度も何度も、数え切れないくらい繰り返した工程だ。道筋は毎回違うしゴールに辿り着けないことも多々あった。

 今回は幸いが重なり、無事にここまで来れて良かった。


(だんだん、思考も覚束なく、なってきたな)


 サーシャの中で自分という存在が消えつつある。


(……もう、疲れたなあ)


 体が無い今、白い息など吐けない。けれど幻に見えた真っ白な靄の奥で誰かが自分を呼んだ気がした。

 幻聴だろう。とにかく今は猛烈に眠い。襲いかかる睡魔に到底抵抗することが出来ず、サーシャは黙って意識を手放した。


(おやすみ、*****)


 最後、自分でも誰を呼んだのかわからない。考えようにもその人の顔は迫り来る記憶の消去によって、攫われてしまったからだ。

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