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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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81. 世界樹の頂上


 緩く、伸びやかに、歌を口ずさみながらサーシャは上へ上へと昇っていく。


 蔦は縦横無尽に伸びており、時々直角に道を作っている。しかし風魔法で浮遊すれば何の障害でもない。

 少年の体ほどの大きな葉が辺りに茂り、道に迷ったらその葉を捲って伸びる蔦の道を探った。

 あちこちに法則性もなく伸びた道。そこかしこに姉がおり、嬉しそうに、けれど心配そうに声をかけてくれる。変な時に過保護なものだ。


 延々と昇り続け数時間。

 地上からは四百メートル位離れたか。寮塔の屋上よりもずっと高い景色を一望する。

 そういえば寮塔は百二十階建てである。となると今いる高さ位になるはずだが、外観から見るにせいぜい五十階分くらいの二百メートルだ。外と中とでは認識が異なる魔術が施されているのだろうか。クーロに聞いてみたいが、聞いたところでサーシャは理解できないかもしれない。


 世界樹から地平線の彼方を見ると黒い雷雲が迫ってきている。

 北側の地平線をぐるりと囲んだ黒い雲。不穏な気配を感じた。

 雨雲にしては様相がおかしい。まるで大地を喰らい尽くしているかのような雨雲で、その先は隔たりとなって見ることができない。


「サーシャ」

「今行く」


 ルーナに声をかけられ、サーシャは再度歩みを進める。

 一度気づいてしまうと、雨雲が視界に散らつく。大樹をグルグル回りながら登り、どの方向から見ても黒い雲が周囲にある。世界樹をぐるりと囲んでいるのだ。


 更に数時間登り続け、サーシャはいつしか雲の切れ間を望んだ。しかしどこまで登っても、どの角度から見ても望んだ景色は見えない。


 そして更に登り続け、いったいどれほど足を進めているのか自分でも分からなくなってきた。数時間のような気もするし数日のような気もする。

 見える景色はどんどん開けたものに変わる。


「サーシャ、息苦しくない?」

「大丈夫」

「……そう」


 地上の眺めが小さなジオラマのようだ。飛空艇から下を見た時もこのくらいの大きさだった。

 と言うことは今一万メートルほどの高さにいることになる。ルーナにも答えたが息苦しさはない。普通このくらいの高度ともなると酸素は薄く、呼吸するに足りない。

 では何故今自分たちが呼吸できているかと言うと、理由は不明だ。聖域だからと言う説明に全て丸投げしてしまおう。


 相変わらず黒い雲の切れ間は見えない。

 むしろ大きすぎる。ハルハド以外全てが暗雲に包まれている。雲の下はいったいどうなっているのか、想像がつかない。


 ここまで来ると鳥や小動物の姿は見えない。サーシャはどんどん上へと進んだ。

 途中から幹ではなく枝葉が絡まる蔦の道に変わる。葉に囲まれて外側の様子はわからない。


「…………」


 サーシャは僅かに息を逃す。

 疲れたわけではないが、上に登れば登るほど圧迫感のある存在に反応が強くなる。 

 あともう少し。


 淡々と登り続けやっと三人は木の頂点にたどり着いた。

 てっぺんには魔法陣が描かれた巨大な足場があり、三人が陣を踏むたびに淡く仄かに光った。

 その紋様の意味を少年は指でなぞって考える。魔法陣のすべての意図は理解できないが、大枠はわかる。これはゲートだ。


 世界樹に登る時にサーシャは姉に目的を告げた。それを聞いた世界樹が滞りなくことが運ぶよう準備してくれたのだろう。

 本来ならばゲートに入るためにはもっと違う手順がある。それは……。

 サーシャはずっと黙っているアクラに目を向ける。


「名前、呼んでみてもいい?」


 嫌だ、と目を細めるアクラだったが少年は無視をした。

 にこりと笑って、「アクラも続いて俺を呼んでね」と言う。


「アクラ」

「……サーシャ」


 ため息とともに吐かれた名前。互いに呼び合うが何の反応もない。

 愛称で繋がる仮契約。それはゲートの取手に手をかける、その程度の意味合いだ。鍵を開けるにはもう一段階。本契約である真名で名前を呼び合うことである。

 契約の意味に、サーシャは当たりをつけた。


「じゃあ次は真名の方で」


 とダメ元で告げると、いよいよアクラは眉を顰めた。無表情のくせに本気で嫌がっている。まあ、それも勿論無視したが。


「アクデュラハルラ」

「……。サーシャ」


 キインと、音がなり二人の間で何かが弾いた。

 交わることのないサーシャとアクラの魔力が融合を嫌い相反したのだ。それはつまり。


「やっぱ、ダメかー」

「…………」


 本契約もままならず、ゲートの鍵も開けられず、精霊王になる儀式が始められない。己の無能さに最後まで気力が削がれる。


 元より仮契約ができないのであれば、本契約などもっと難しいとわかっていた。

 サーシャは静かに神たちに目を向ける。二人揃って目的が果たせず渋い顔をしている。

 サーシャの資質不足が起因するため、完全に神たちの選別ミスである。器の出現は一人ではないはず。

 自分でなくルートヴィヒならばいとも簡単にやってのけただろうに。

 いや、今こんなことを考えても仕方がない。


 落第者はアクラから離れ、ゲートの中心に立つ。もう神たちに目を向けることはない。

 ゆるく微笑みを浮かべながら、一言呟くとゲートが眩い光を放つ。

 卵の殻が割れるように魔法陣に亀裂が入り、ちょうどサーシャの足元へと集中した。

 氷の足場は割れる感覚がして、サーシャの体は一瞬にして魔法陣の裂け目の中に消える。


「バイバイ」


 全てが消える瞬間、サーシャは手だけで二人に別れを告げた。

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