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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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80. 世界樹

 卵の殻を打ち破った先は、人間の住まう領域と雰囲気が全く違う。


 夏休みに訪れたときも既に変化の兆しはあったのだろう。しかしあの時よりも更に膨大になった魔力。ただそこに立っているだけで肉体という概念が曖昧になりそうだ。


 通常の人間ならば文字通り肉塊に期すほどの魔力量であるが、器であるサーシャに体の損壊は見られない。せいぜい頭がふわふわする程度のものだ。

 もっとも本人に自覚はなく、神たちはただ黙ってサーシャの様態を見守った。


「綺麗な歌声だね」

「サーシャにも歌に聞こえるんだね」


 世界樹から放たれる歌は聖域全体に大音量で満たされている。以前来たときも綺麗な歌声であったし、心に響くものであったが今は迫力が全然違う。

 透明感があり神々しさのあるそれは、心の臓を打ち破り、腹の奥まで届いてくる。体全体がズンズンと振動と音楽で揺れた。前回は一定方向から聞こえてきたが、今回はあらゆる角度から反響し聖域全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされている感じだ。

 それもそのはず。


 世界樹へと進化したそれは聖域全体を飲み込んでいる。直径数キロにも渡る聖域が太い幹が鎮座する土台へと変わり、途方もない大木が天に向かって伸びていた。

 首を伸ばしても頂点がわからず、遠い遠い天空で、枝葉から羽ばたく鳥が見えるくらいだ。

 大木の胴体には太い蔦が絡んでおり四方向に伸びている。その大きさは人の歩く道程に大きく、歩いて登っていけそうだ。1つのダンジョンのように果てしなく広大である。


「じゃ、ちょっと行ってみよ~」

「相変わらず軽いな」

世界樹(この子)がいるんなら何とかなるでしょ」

「確かに。凄い成長を遂げたね」


 音もなく飛び跳ねて手近の蔓へと着地する。アクラも無言でサーシャに続いた。

 蔦から真上に飛翔を試みたが、見えない壁があり押し戻されてしまう。聖域のルールが発動されているらしい。踏破しないとショートカットできない。


 動植物は普通に行き来できているのに、人間だけこのルールに縛られているのが何とも不便である。

 そもそもここはサーシャの実家であるはずなのに、踏破がリセットされているのが何とも悲しい。確かに立地だけ見れば同一だが、森そのものが木になってしまっているので同一の聖域とは見なされないのかもしれない。


「あら、坊やおかえりなさい!」

「今回は早かったわね!」

「いいえ、三十年ぶりよ。遅かったわ」

「まさか、昨日ぶりよ。早かったわ」

「うふふ」


 木目の間から姉さんたちがひょっこり顔を出す。キラキラと虹色の光彩を放った瞳と雰囲気は姉や兄だと知らせるが体の構造が変わっている。

 手のひら大であった小さな体は人間の腕一本相当まで大きくなっている。飾りのなかった体全体、宝石のような煌びやかな石に覆われ浮遊するたびに涼しい音が空中に飛散した。内に溜められない魔力が体外に排出されどこもかしこも光で眩しい。

 妖精の体が膨れ上がるほどの魔力量なのだと、サーシャは一人納得する。


「ただいま。随分大きくなったね〜」

「うふふ。世界樹(この子)のおかげよ。私たちみんな、人間の括りで言う妖精王くらいにはなったと思うわ」

「ふうん」

「思考もクリアになって何でもできる感じよ。ところで坊やの目的は何かしら? 助けになるわ」

「世界から風と火が消えてしまったから。彼らを復活させに来たんだ」

「まあ、そうなの」


 姉はそう言って背後のルーナとアクラに目を向ける。何かを言いたげに口を開閉させた後、ニコリと笑顔を作る。


「火も風もないんじゃ生き物たちにとっては不便よね」

「俺には実感ないけど」

「あら、普通に火魔法も風魔法も使えるのかしら?」

「そうだね。器だからかな」

「優秀な器よね。それならきっと王になれるわ」

「だよね。頑張る」


 少年も涼しい顔で微笑んだ後、蔦へと目を向けた。姉はうずうずと手伝いたさそうにしているが笑顔で辞退する。

 おそらく自分の力で何とかなる。というかそもそも聖域は魔物が出ないのだ。

 魔力量の大小だけが人間に害をなす。その点だけで言えばサーシャの前に立ちはだかるものはない。ただいつも通りのんびりと散策を楽しめばいいだけ。


「んじゃ、行ってきます。ばいばーい」

「行ってらっしゃい。疲れたら帰ってくるのよ」


 姉に見送られ、サーシャと神二人は大樹の蔦に添って登っていく。神ならば木の頂上まで一気に飛べるのだろうが、何故かサーシャに着いてくる。

 監視でもしているような視線にサーシャは思わず笑みを浮かべた。


 今更逃げるなんてことはしない。

 ウェントスにも言ったが神に選ばれたのだからきちんと役目は全うしよう。

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