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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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78. 突然の別れ


 落ち着いたら新たに疑問が浮かんできた。


「精霊に寿命はないと思ってた。子孫を残さないって前に言ってたよね。ってことは不老不死だと考えたんだけど」


 ルーナの眉が苦々し気による。あまり答えたくない疑問だったようだ。


「寿命は個体差だけど、ある。ていうかそもそもこの世界は初めから不安定なんだ。寿命云々の前にいつ消えてもおかしくなかった」

「なんで?」

「創造主だけじゃなくて精霊王も長らく不在にしてるからね。長である王がいないのに世界が回るわけがない」

「両者共に突然消えたの? もしかして創造主も先代の精霊王も同一人物だったりしない?」

「有り得ると思う。でも悪いけど王の理は僕たちにはわからない。神と人間の生きる領域が違うように、僕たち神と王とも生きるレーンが違うから」


 更に話が壮大になった。

 いきなり話に着いて行けなくてサーシャは混乱する。精霊神はお伽噺の存在だと以前ルートヴィヒは呆れたが、その心情を今ならば理解できる。

 想像を超えた話をいきなりされても飲み込むことはできない。お伽噺だと突き放した方がずっと楽だ。


「あ、でもわかった」

「何が?」

「もし同一人物なら、精霊王になれば良いんだ。俺が器の役目をちゃんとこなしたら、ウェントスを蘇らせること出来るんじゃない?」

「だよね、結論そうなるよね」


 ルーナは呆れたようにため息をつき、アクラは無言を貫き興味を示していない。

 しかし、興味を示していないのはアクラだけではなかった。不意にイグニスが欠伸をした後に立ち上がる。


「んー、オレ。一抜けた」

「え?」


 思わぬ返事にサーシャは拍子抜ける。元々協力的な関係ではなかったが、今このタイミングで言うことか。

 どう言う意味か問う前にイグニスが退屈を露わに瞳を細める。


「何か飽きてきたし、面倒」

「イグニス?」

「別に世界がどうなろうとどうでもいーし。創造主にはもっかい会いたかったけど、多分もー無理だし」

「…………?」

「ここらへんで退場するわ。オレの聖域に戻る」


 イグニスは反論を認めず、ふわりとガイアの鼻先へと飛び跳ねた。こちらを振り返り、人差し指だけで手招きするので訳がわからないまま近寄る。


 瞬間ギュッと抱き竦められ、硬い胸板が頬にぶつかった。紅蓮の炎で燃える髪をサーシャの肩口に当て、周囲に聞こえないように囁く。


「好きだぜ、サーシャ」

「………」


 冗談でも今まで言われたことのない言葉に驚くと、やや頬を染めた顔と視線がぶつかる。にかっと快活に笑ってサーシャをガイアの鼻先から突き落とす。

 落下しながら、最後の光景がスローモーションに見えた。


「元気でな、あとあんま無理すんなよ」


 と、声だけを余韻に残してイグニスが姿を消した。花火が弾けるかのように炎の粒子が飛び散る。空中へ飛散した光は少年の幸先を案じているのか、柔らかにサーシャの周りに降り積もった。


「え、……え?」


 今何が起こったのか理解が追いつかない。普通に話してて、イグニスは突然帰ると言い、それから。


「………」


 時間にして数秒か、数分か、それとも数十分経ったのか。呆然と立ち尽くすサーシャには何の実感もない。


「………」


 足元に視線を落としていたら、ぽつぽつと雨が降ってきた。

 違う。

 空は相変わらず美しい秋晴れの装いをしていて雨雲は見当たらない。ではこの雨はどこから来ているのだ、と熱い頬を拭うと発生源は自分であると知れた。

 知らず知らずのうちに涙が溢れる。これは一体どういうことだ。

 ウェントスのみならず、イグニスまで突然不治の魔力切れに陥った。自分で寿命であると悟ったイグニスは軽口を叩いて最後の別れを告げてくれたのだ。


 ガイアの周りにいた火精霊がイグニスの消滅と共に姿を消す。

 きっと今頃魔術師学園は大混乱だろう。ウェントスが消えて風魔術が使えなくなり、イグニスが消えて火魔術が使えなくなった。

 人々の生活から風と火が消えて、畑は実らず、夜は凍えて眠ることになる。暖かいご馳走も食卓から消える。


 ガイアに言われたばかりだった。「ウェントスだけでなく周りにも心を配れ」と。

 最後に触れたイグニスはやはり氷のように冷たかった。

 少年は背後に黙って立っているルーナとアクラの手に触る。急に触れられた二人は僅かにそれぞれの反応を示すが、したいようにさせた。


「二人は、寒くない? 大丈夫?」

「僕は大丈夫。それより涙を拭いて」

「アクラは」

「…………」


 アクラはキュッとサーシャの手を握って熱を伝える。二人の体温はサーシャと同じくらいである。死人のように冷たくはない。

 たったそれだけの事実にサーシャは安堵した。二人の精霊神がいなくなり身を削られたように苦しい。腕一本丸々持っていかれたと誤認するほどに。


「サーシャ、大丈夫?」

「大丈夫」

(イグニス)も余計なことをする」

「え?」


 ルーナは不快を露わに唇を噛む。


「自分の死期が近いからって君の帰りを待っていたんだよ」

「…………」

「自覚はあったんだろうね。確かに火魔法の威力が日に日に衰えていってたし」

「俺の帰りが遅かったから。もっと早く帰ってきていれば」

「でも結果は変わらない。どうせ死ぬのなら一人で勝手に死んでくれればいいものを。サーシャが悲しむことくらいわかるだろうに」


 ルーナが言うとは思えない毒のある言葉に、サーシャは反射的に顔を挙げた。

 確かにルーナとイグニスの関係は良好なものではなかっただろう。けれどそんな言葉を吐くほどに険悪だったとも思えない。

 互いに関心を示さず、けれど何らかの利害の一致で共にいるものだと思っていた。


 元より精霊神たちは死に対して意識は薄い。人一人死んだとしても「あ、そう」で流す。サーシャだって自分が関わっていなければ似たようなものだ。


 けれどウェントスとイグニスの存在は他と代替の効かない大事な存在となっていた。いつの頃からかわからない。多分出会ったその瞬間からだと思う。

 ルーナとの比重は確かにあったが、知らず知らずのうちに二人ともサーシャの中で大きく容量を示していた。


 ルーナと自分の熱量の差に、サーシャはますます混乱の渦に突き落とされた。

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