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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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77. 絶望の淵


 ウェントスが消えたことでその下位精霊も軒並み姿を消した。


 前触れもなく突然消えたので、人々は何が起こったのがすぐには理解できなかった。いや、そもそも原因などわかるはずもない。何故なら人間には認知できない領域であったからだ。


 風が止み、風車は回らない。雲が滞留し、草木は悲しそうに頭を垂らした。植物もいずれ枯れてる。風と親和性のある彼らの、命の灯火は目前だ。


 絶望的な虚無感に苛まれながら、サーシャは何もない拳を握りしめる。

 自分が器として役目を果たしていたらこんなことにはならなかった。自分の不出来をここまで責めることは今までなかった。

 ウェントスが死んだ、という事実がぐるぐると脳髄深くまで染み渡る。


 ふと、頭の中でウェントスが笑った。「主様」と、愛らしく微笑む。


(そうだ、創造主がいる)


 思い至ってサーシャは何もない空中を蹴った。

 ウェントスの創造主である彼女ならば復活させることが出来る。不甲斐ない器である自分にはできないあれこれをきっとあの少女ならば。


 とは言え創造主の気配など分かるはずもない。神と同等、あるいはそれ以上の存在である創造主は今どこにいるのか。


 あちこち世界中を飛び回って探してみたが一向に見つからない。むやみやたらに飛び回り、既に壊れ始めている世界の一片を垣間見てしまった。


(何か情報があれば。創造主について知っている人)

(誰か、誰か……)


 ぐるぐる同じところを周回する頭で、ある人物が舞い降りる。


(ガイアのおじいちゃん。彼なら何か知ってるかも)


 そう思い出し、いてもたってもいられなくなった。

 サーシャは自分が作った暴風の中に全身を突っ込んだ。強すぎる風が身を引き裂くのを厭わずどんどん進んでいく。

 ガイアの元に辿り着くまでほんの一瞬であった。ルーナたちと約束した期日からはだいぶ遅れている。


 ごつごつとした岩肌にサーシャは降り立つ。

 崖一面大きな顔になっているガイアを見上げ、そしてすでに集合している神たちに目を向けた。


「おっそ!死ね!」

「随分ボロボロだけど、どうかした?」

「………」


 三者三様にサーシャへと視線を向ける彼らに答えを返せない。震える唇を意識して噛んで、再度ガイアを見上げる。


「おじいちゃん、起きてる?」


 出た声は震えていた。自分でもらしくないと思う。別に今まで何があっても飄々と流すことが出来た。

 けれども何故か今は大切な片割れがいなくなってしまったような虚無感が心を占め、とても冷静でいられない。


「おじいちゃん」

『…どうした、坊や?』


 随分な時間をかけてガイアが岩肌の瞳を開く。緩慢でのっそりと表情筋が揺れ、小石がころころと岩の肌を滑っていく。


「創造主について、何か知らない? 急ぎで探してるんだ」

『何故、そんなことを聞く?』

「それは、……あの」


 言いたくない事実に歯切れが悪くなる。口に出せば本当にそうなったと認めてしまうようで心が苦しい。

 けれども歯を食いしばって何とかひねり出す。


「ウェントスが死んだから。彼女を生き返らせたい」

『………』


 ガイアだけでなく、精霊神たちも揃って口を閉じる。ルーナは考え込むように瞼をおろした。


「どうしてこんなことになったのかわからない。ただいつも通り、遊んでいただけのつもりだったけど」

『………』

「ミーティに来てからおかしくなったのか、それとももっと前からおかしかったのか。俺が何か間違えたのか」

『………』

「全然わからなくて、でもわからないからって手放すことはできない」

『………』

「お願いです。大地なる精霊、我らの父であるガイア神。ウェントスを助ける知恵を俺に授けてください」


 切なる願いにガイアは瞳を閉じた。

 そして長い長い時間をかけてその瞳を開ける。


『可愛い坊や。残念だがその願いは叶えられない』

「どうして」

『何故なら創造主も随分昔にお隠れになったからじゃ』

「……人里を離れたってこと? おじいちゃんならば探れない?」


 ガイアは小さく首を振る。


『あやつも死んだという事だ。創造主として役目を果たした途端、日に日に狂っていった。わしも実際に見たわけではない。しかし主の暴走を抑えきれず手を焼いた精霊神たちが最終的に手を下したと』

「え」


 手を下したってことは、つまり。

 ウェントスもイグニスも「しばらく会っていない」というだけで他に何も言っていなかった。

 ではウェントスの創造主は彼女以外の神によって殺されたということか? 精霊神によって創造主が違うのかもしれないが、もし同じであるのなら親殺しと同義だ。

 イグニスと目が合ってあからさまに顔を顰める。


「オレじゃねーぞ」


 ルーナとアクラとはそもそも視線が合わない。彼らもまた、瞳を閉じて考え込んでいる。


「……じゃあ、ウェントスを助ける方法は」

『悲しいがない』

「…………」

『老婆心ながらに言うが、彼女に心を痛めるのなら他にも平等に心を配るべきじゃよ。でないと均衡が崩れる』

「どういう意味?」


 聞いておきながら、サーシャの心はウェントスを助けることが出来ないという結論に全てを占められていた。

 ならば次の手は、その更に次の手は、と思考の坩堝に嵌まっていく。深みに落ちていくサーシャにふとルーナが声をかけた。


「ちょっと落ち着いて」

「ごめん。考えが纏まらない」

「僕がついてる。サーシャが悩んでいるのなら一緒に考えよう」

「…………」


 予想外の話にサーシャは後ろを振り返る。 

 宥めるように頭を撫でられ、サーシャは意識して息を吐いた。

 確かにその通りだ。焦ってばかりでは視野が狭くなり妙案は浮かばない。みんながいるのだから知恵を絞って現状を打破すべきだろう。


 落ち着いたら新たに疑問が浮かんできた。

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