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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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4. 属性検査


 入園して数ヶ月が経った。各人自分たちのクラスに慣れた頃に行われるのが属性検査だ。


 主たる魔術の属性は火、水、風で、ほとんどの生徒がいずれかの属性に当てはまる。火を得意とする者は火属性の精霊と契約を交わし、魔術を初めて己の力で使えるようになるのだ。


 しかし一方で持っている魔力は天井があるため通常一属性としか契約できない。無理に複数契約を交わせば魔力が分散し、結果どの魔術も発揮できずに終わってしまう。

 要は欲張ってはダメ、と言う話だ。


 自分の属性を知って長所を伸ばせ、と担任は言った。

 因みに自分の属性以外の魔術を使う時は其々の属性を持つ魔石でカバーする。

 Fクラスの生徒たちは教科書(絵本)を眺めながら


「水属性ならこの魔術が使える」

「火がかっこいい」

「風だったらいいなあ」


 などと微笑ましい会話を広げている。


 普段であれば私語を叱責をするところだが、今日この日ばかりは許さざる得ない。なぜなら担任自身にも覚えがあるからだ。

 自分の属性を知り、初めて精霊と契約を交わし、新たな魔術で可能性を広げた日。属性検査はその始まりとなる大事な儀式なのだ。


「何か質問は」

「はい」

「ないようだな。では移動する、ぞ?」


 教室最後方から挙げられた手を素で無視をして、踏みとどまる。生徒たちも一瞬動きを止めて恐る恐る後ろを振り返った。


(聞いていたのか)


 おそらく初めてではないか。

 いつも奇怪な行動を繰り返すサーシャだから、此度も話を聞いていないかと思った。珍しく綺麗に挙手をしてまっすぐ担任を見ていた。


「なんだ。質問は手短に」

「属性ってその三種だけなんですか?」

「基本は三種だと言っただろう。例外もある」

「例外……」


 サーシャが教科書に目を落とす。つらつらと視線が教科書の文字を滑り、不思議そうに首をかしげた。


「あ、わかりました。属性は地上に限定しているんですね」

「…………」


 意味不明な納得の言葉に生徒たちは思わず教科書に頭を突っ込んだ。教科書には火、水、風の三種類しか書いておらず、注釈もついていない。

 適正ゼロで変人で理解不可能な頭の構造を持つ少年の単なる戯言だ。自分ならばあっさり理解できた担任の説明を、適正ゼロは理解できず変な角度から質問した。

 それだけのことだ。


 ざわざわとざわめく教室の中、担任だけが苦虫を噛み潰したかのように唇を歪める。


(よもや、この子供が知っているわけではないだろうが……)


 今の質問は過去にあった大惨事を示唆したものであったように感じたのだ。

 あの事件で学園の半数は死んだ。国の力で全力で握りつぶした事件は百年以上経った今でも職員内で語り継がれている。


「行くぞ」


 いつも以上に硬くなった担任の言葉に一斉に生徒が廊下に並んだ。初日と同様講堂で検査を行うのだ。



 講堂では既にAクラスの生徒の検査が進んでいる。

 前回は巨大な時計が空中から吊るされていたが、代わりに巨大な砂時計が三つ並べられていた。


 火を模した赤、水を模した青、風を模した緑の色をした砂時計が壇上に上がっている。

 大人一人分の背丈があるそれはサラサラと音を立ててこぼれ落ち、途中で不自然にピタリと流れを止めた。


「あれが属性検査だ。砂の落ちた量が多い程相性が良い属性となる」


 本来ならば検査が行われる前に学園長から話される説明だが、代わりに担任が教えてくれた。当然のようにFクラスは存在無き者として飛ばされたのだ。


 属性検査は入園式とは違い在校生の参加は任意だ。

 また、検査が終わった順に教室に帰って良いのだから常であれば人口密度は多くないのが、今年は違う。

 在校生、および検査を終えてもなお講堂にから足を動かさない生徒たちは、一斉に壇上に釘付けになった。


 ルートヴィヒ。適正100の天才中の天才。

 艶やかな漆黒の髪を緩やかにうねらせて、緊張した様子もなく歩く様は子供とは思えない風格だ。幼さの中に既に垣間見える美貌もまた、人々の注目を集めた。


 ルートヴィヒが壇上に立ち、祭壇にある経典を読み上げる。それを合図に砂時計が震え、一斉に砂を下の器へと吐き出した。

 留まることのない勢いで、砂は最後の一粒まで下に落ちる。三種の砂時計全てが同じ値を導き出し、期待に胸を膨らませていた生徒たちは想像以上の結果に歓声をあげた。

 全属性と相性が合う生徒はこれまでいなかった。奇跡のような光景に皆々賞賛の声をあげた。


「ルートヴィヒ様、万歳!」


 と掛け声が上がり、講堂が沸き立つ。

 不意にルートヴィヒの視線がFクラスに向けられる。その中に飴色の髪の子供を見つけ目を細めた。細やかに髪を結ったその子供は一切の視線をルートヴィヒに向けず、手元の本に目を落としている。


「…………」


 小さくため息を吐いてルートヴィヒは壇上を降りる。

 Aクラスの次はBクラスだ。Fクラスまでこれまた長い、などと思いながらルートヴィヒは見学席へと腰をかけた。


 一時間ほどしてやっとFクラスの順番が回ってきた。

 一刻、人数を減らした講堂だったが、Fクラスの番になってまた人が押し寄せてきたのだ。


 次なる目的は「適正ゼロ」の属性検査である。先は賞賛と憧れのための見学だったが、今度は呆れと嘲笑が目的。人は誰しも屈折した感情を持っているものだ。


 悪意がひしひしと満ち始める空間の中、Fクラスは身を縮こまらせる。悪意の対象が自分ではないのはわかっているものの、この空気の中の属性検査は心臓が痛い。


 もし自分もサーシャのように振るわない結果になったらどうしようと考えれば考えるほど足が震える。

 ちらりとFクラスの生徒たちはサーシャを見て、自身を安心させるように何度も繰り返し息を吐き出した。サーシャといえば我関せずに明後日の方向を見てブツブツ言っている。


 聞き耳を立てれば「今日の晩御飯、何食べよう」なんて独り言を言っているので気が抜ける。持っている本は「お肉を柔らかくする方法」と書かれたレシピ本で、何人かがガクッとこけた。

 だいたい学園は寮制のなので朝昼晩食事が出る。なのに何故自炊を考えているのかが不明だ。


 サーシャのせいで緊張が吹っ飛んだ生徒たちは黙々と検査を終えていく。当然Fクラスなりの結果を叩き出し、良くも悪くも妥当な結果に落ち込みはしたが。

 順番がサーシャの番になり、壇上に立ってから初めて料理本を閉じた。


「ん?」


 と、辺りを見回し、小さく頷いて祭壇の経典を手に取る。

 モタモタした行いに「せめて前の生徒の行いくらいは見ていろ」と、全生徒の気持ちが一致する。呪文の一節が読み上げられ、ある種の期待を胸に生徒たちは砂時計を見る。

 それは一切の動きを見せず、嘲笑がどこかで上がり始めた。


「ほーらな、やっぱ思ったとお、り……?」

「一粒でも落ちるって言った奴出てこ〜、い……?」


 揶揄が動きを止める。砂時計が大きく膨れ上がったのだ。

 ガラス部がゆらゆらと震え呼吸をするように膨れ上がる。中で質量を増す砂粒に耐えきれずついにはガラス部が弾け飛んだ。


 弾け飛んでもなお見えない空間から砂粒が溢れ出し、壇上から滝のように砂が落ちていく。

 サーシャのふくらはぎまで砂は迫り、本人は不思議そうに首を傾げた。砂を手のひらにすくって、ことも無げに近くの教師に目を向ける。


「なんか、壊れてるみたいですね」

「あ、あ、あ。そ、そうか。壊れたのか。そうか……」


 想定外の事態に意識を飛ばしていた教師はサーシャの言葉に我に返る。

 壊れていたのだ。そうか。だからか。とそれこそ壊れたように教師は何度も繰り返した。生徒たちも「そうか、そうか」と動揺しながら頷き合う。


 何十年も同じ物を使っていたし、老朽化していてもおかしくはない。しかも今年はルートヴィヒにより全ての砂を落とすという大仕事をやってのけたのだからそれが発端になり、壊れてしまったのだろう。

 各々口々に憶測を述べる中、ルートヴィヒだけは黙って一連の成り行きを見ていた。その口元に小さく笑みが浮かんだのを気づいた者はいない。



 ちなみにサーシャ含め後ろの生徒たちに検査の再設定をされることはなかった。所詮Fクラス。適合する属性などあってないようなものだから。

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