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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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73. 沼の底の楽園


 大小様々な魚が虹色に光彩を放つ。

 

 サーシャたちが進むたびに魚たちは歓迎するように魚による回廊を作り上げる。

 いや、よくよく見ると魚ばかりではない。魚に混じって圧倒的な数の水妖精もいる。尾びれや背びれをもつ小さな妖精たちが楽しげに笑ってサーシャたちを迎えてくれる。


「まあ坊や、いらっしゃい」

「うふふ、お顔が真っ赤ね。緊張してるのかしら? 可愛いわ」

「あら、違うわよ。あれは苦しい時の顔よ」

「苦しい? なぜ坊やは苦しいの?」

「だって坊やは人間だから。祝福がないもの」

「祝福がない? そんなはずないわ。だって坊やは」


 あちこちで数十、数百の声が囁かれサーシャの耳はどれにも追従出来ない。話している内容はわからないが、やはり皆親しげだ。


 笑う妖精たちにサーシャも笑い返すが、そろそろ限界である。ルーナと繋ぐ手に知らず力が入る。呼吸が苦しくなり、目尻が熱くなったころ、ふと唇に柔らかな感触が触れた。


 それを見たウェントスが拗ねたように呟くが、自身のことで手一杯なサーシャの耳には届かない。妖精が小さな唇をサーシャに寄せたのだ。


 途端に呼吸が楽になり状態の変化に驚く。唇を伝って水の魔力が流れてきた。

 体を包む水と、体に入ってくる水が驚くほど自然に身に馴染む。まるで自分が魚になったかのように水中内で呼吸が出来るようになった。


「サーシャ」

「おい」


 ルーナとイグニスもだんだん限界のようだった。

 自分自身の特性を理解したサーシャは二人の手を握って水魔力を共有する。

 意識してみてなんとなく理解できた。妖精たちに貰った魔力は僅かだが、サーシャの中で何倍にも膨れ上がった。外に押し出せる程度には魔力量が増大した。


 ルーナもイグニスも自属性は水ではないので体の内側に馴染ませることはできない。自属性の上に水の保護膜を作っただけだ。見えないほど薄いので見かけからは変化がわからない。

 けれどちゃんと呼吸は水中でも確保できたようで、二人の顔に余裕が出来る。


「サーシャちゃん」


 次はウェントスだ、と手を伸ばす前に後ろから抱きつかれた。


「妖精ちゃんばかりずるいわ。私にも甘いキスで魔力を流してね」

「……んッ?」


 陶器にも似た滑らかな指で顎を掬われ、流れるようなキスが唇を掠めた。あっという間に行われた所業に男たちは呆気に取られたが、対して妖艶な女性は艶やかに笑う。

 頬を染めて最愛の人を見るような、熱く熱のこもった様子がウェントスらしくない。


 彼女はいつも飄々としていて男性を手のひらの上で転がしているイメージだ。恋に恋する少女のような瞳にサーシャは言葉を失う。

 あまりに驚いたので、初めての異性とのキスの感触は一瞬にして水中へと溶けてしまった。ウェントスは愛らしい頬の赤みをそのままに寂しそうに笑う。


「そう少し、いいかしら?」

「ウェントス?」


 なんだか様子がおかしい。伸びてくる手を拒まず、サーシャは彼女を己の胸の中に受け入れた。上目遣いに顔を持ち上げ、柔らかな唇が近づく。


「……ウェン」

「やめろ、クソ女」

「そういうのはまだ早い」


 すかさず間に入った二人にウェントスは頬を膨らませたが、すぐに悪戯っぽい笑みに変える。僅かに頭を下げて謝辞を示し、体を翻す。

 薄萌黄色の柔らかな髪が水中に靡くのを、サーシャは黙って見送った。


 魚と水妖精で出来た回廊はどこまでも続く。

 常にない妖精の多さにサーシャは「もしかして」と、首を傾げた。


「もしかして、ここって聖域だったりする?」


 ルーナたちはそれぞれ顔を見合わせて、一拍間を置いて頷いた。


「そうだよ」

「やっぱり人間には分からないのね」

「あいつんとこは危ないのねーしな」

「うふふ、ついてきてあげたわ」


「………」


 あいつとは誰だろう。

 というか、危なくないからついてくるっておかしくないか。別に守ってもらおうとか思ってないが何だか腑に落ちない。


 思い返せば、今まで聖域に入る際、誰も共に来たことはなかった。

 イグニスの火の山の時はルーナが途中離脱してしまったし、ウェントスの風の谷の時はいつの間にか精霊神たちは姿を消していた。

 意図的に場を離れていたと思うと納得できる。しかしそれは何故?


「最後だから楽しみましょう」


 と、ウェントスに愛らしく微笑まれ、サーシャは疑問を発することが出来なくなった。魔力を補充したと言うのに彼女の顔は未だに青白い。

 意図してウェントスの手を握るが、嬉しそうに笑っただけだった。


 魚の回廊は流れるように色が変わる。


 水の流れに揺蕩い、ゆらゆら、ちらちらと小さい人たちが体の向きを変える。あらゆる色彩がさざ波となってトンネルを彩って目に楽しい。

 確かに火の山や風の森に比べて一切の危険がない。

 水妖精たちが楽しげに囁くだけで「注意しろ」の一言も出ない。

 単純に歓迎を示しただけの道なりに、四人はただ黙って進んでいった。


 どれほど進んだのか、行き着いた先は珊瑚礁で象られた大きな城であった。

 ここは海であったのか。それとも沼と海が繋がっていたのか、地形が定かではない。


 周りを見てみると魚の種類が変わっている。先ほどまでは淡水魚だったが海水魚が周りを囲んでいる。となると泳いでいるうちに海に出たと言うのが本当だろう。


 大きな扉に手をかけると、サーシャの手に呼応するように珊瑚の取っ手が虹色に煌めく。力を込めていないのにゆっくりと扉が開き、後ろの妖精たちに体を押された。


「待ってる、待ってる。神様待ってる」

「待ち遠しくて苦しいの」

「早く行ってあげて」


「………?」


 半ば強引に中に押し込められ、妖精の一人に手を引かれた。

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