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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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72. サーシャの秘密②


 生死の境で呑気な会話は続く。


「器とは何かを説明する前にサーシャに聞きたいんだけど、これまでに精霊について気付いたことある?」

「そうだね~。幼少期は勘違いばかりだったから結構あるよ」

「例えば?」

「一番大きいのは精霊の種類かな。魔力の大小で区分分けされていて、俺には妖精以上の姿が見えるけど、他の人間には一律見えないってこと」

「初めから見えてる人に、見えないなんて感覚わかんないわよね~。人間社会じゃ相当苦労……してなさそうねー」


 うふふ、とウェントスが笑う。ちょっとした悪意くらいでは動じないサーシャだ。


「じゃー、何でクソガキだけ見えんの? そういう疑問湧かねーわけ?」

「それは考えた。つい最近だけど。結論は俺が妖精に育てられたから。姉たちの魔力が融合して妖精の住む世界軸と繋がったからだと思う」

「…………」


 三人は思わぬ答えに顔を見合わせた。もっとのほほんとしていたと思ったのだ。何も考えず、見えるものは見えると、そこに言及はないものだと考えていた。


「惜しい。半分はあたり」

「いい線いくわね〜。あと一歩よ〜」


 頭を撫でられサーシャは少しだけ照れる。問いに対して正解を導き出した経験はあまりない。


「妖精に育てられた云々は関係ない。サーシャは初めから繋がってるんだ。そして繋がれるのは『器』として生を受けた人間だけ」

「ふむふむ。俺にはそう言う特性があるんだね。おかげで姉さんたちと会えてラッキー」


 サーシャは呑気な笑顔を見せる。


「『器』の能力は妖精が見えるだけじゃないのよー」

「『器』は名の通り魔力の出し入れが可能なんだ。妖精がサーシャの中に入ったり出たりしてるの、見たことない?」

「え? 何それ、ないよー」


 火の聖域では多くの妖精がサーシャの中に身を溶かしたのだが、寝ていたサーシャはそれを見ていない。

 鈍感なサーシャは気付いていないが日常的にそれは行われている。


「サーシャに触れるとブースターの効果もあるんだよね。僅かな魔力しか持ってなくても『器』内に内包している魔力と共鳴増幅して何倍もの力が出せる」


「サーシャの姉さんたちは、お出かけする時いつも君と一緒だと喜んでいたでしょ」と言われ、そういえば、とサーシャは頷いた。

 単純に一緒が嬉しいのかと思ってたいたが、魔力の増幅を狙っていたのだとすれば納得出来ることもある。

「坊やと一緒ならどこへでも飛べる」、それが姉の口癖だった。


「あ、もしかして今ぎゅってしてるのって」

「そそー。今クソガキから魔力吸ってんの」

「おかげで大分楽になってきたわ。ありがとうね」

「へ〜。でも吸われてる感じないよ? 別に疲れないって言うか」

「精霊のための『器』だもの。サーシャちゃんの魔力が減るわけじゃないわ。精霊に与える分で考えたら魔力の永久機関よー」

「ふ〜ん?」


 ウェントスに愛おしげに頬を撫でられ、くすぐったくて笑う。妖精たちが初対面でも優しく親切なのは自分が彼らにとって有益だったからか。

 いつでもどこでも彼らは笑って手を差し伸べてくれて、助けられた回数は数知れない。自分一人だったらここまで来れなかった。


 感慨深く思っていると、不意にお腹のあたりから水妖精が顔を出した。「コンチワ〜」と言って腹を出て沼の奥へと姿を消した。


 なるほど、妖精が体に溶けるとはこういう感じか。別に痛くもくすぐったさもなくただ感覚として居たんだな、と思うだけだ。水妖精は水のオーラを全身に纏っていた。陽炎のように揺れるそれは倍増した魔力を示している。


 どのくらい沈んだのだろうか。いつのまにか沼の層が変わっている。


 見通しの聞かないヘドロの層ではなく、透き通るような純水の層に変わっている。色とりどりの魚が群れをなして泳ぎまわり、サーシャたちの膜を物珍しそうに見つめている。

 博物館のように展示され、種類も豊富な魚にサーシャは目を奪われたが意識して話の続きに意識を向けた。


「俺の中に入ったらその魔力不足、もっと早く回復する? そういえばさっき、『早く入れろ』ってイグニス言ってたね」

「……う」


 先ほどは余裕がなくてつい口が滑ったイグニスはバツの悪そうな顔をした。それを不思議に思うサーシャにルーナが補足する。


「結論、今の状態じゃ僕たちはサーシャに入れない。『器』はフィルターがあって、魔力量の多い精霊神にはフィルターの網目が小さくて入れないんだ。外から魔力を貰うことは出来るけど。一方で小魔力の妖精や精霊は簡単に掻い潜れる」

「今の状態じゃ、ってことは何か条件を満たせば可能になるのかな」

「その通りよー。条件っていうのは何度も言ってるけど『契約』を結ぶことなの」

「あぁ、あの名前を呼び合うっていう。……あ」

「『契約』は『器』に結構負荷がかかるから成熟していない時のサーシャには出来なかった。でも成長した今の魔力量なら充分可能、なはずなんだけど」

「全然ダメだったね。だからルーナたち腑に落ちない顔をしてたんだね〜」

「相性は悪くないはずなのよ。『器』は精霊のためのものだから、むしろ誰とでも合致するの。それなのに、なぜかしらねぇ」

「真名の方が良いとか?」

「それは『本契約』の時よ。『契約』はルートヴィヒちゃんとやった時みたいに愛称で充分よー」

「めんどくせー。もっかい試せばいいじゃん」


 だらだら話していたらイグニスが痺れを切らした。みんな大分顔色が良くなっている。

 少しずつ魔力が戻っているのだろう。イグニスの言葉に「それもそうか」とそれぞれ頷く。


「サーシャ」

「イグニス」

「サーシャ」

「ウェントス」

「サーシャ」

「ルーナ」


「うーん…」


 一通り呼んでみたがやはり何も起きない。

 魔力を供給出来るので『器』には違いないのだが、神たちは不思議そうに首を傾げた。


「今まで呑気に構えてたけど、『契約』出来ないとちょっと困るな」

「あー、めんどー」

「先に進まないものねぇ」

「どゆこと?」


 沼の層から抜けたせいか随分呼吸が楽になってきた。考えたり質問する程度に頭が働いてくる。


「『器』の役割は単純な魔力の入れ物ってだけじゃないのよ。ゆくゆくは『王様』になるんだから」

「……王様?」


 急に突拍子も無い単語が出てきてサーシャは目を瞬かせる。いや、すでに魔力の出し入れがどうとか人間が把握している常識から脱していたか。


 呆気に取られたサーシャを前に、神たちは至極当然のように世界の真理の一片を語り出す。

 それは人間にとって手も届かない遥か高みの話であり、ともすればお伽話である。 

話している内容がすんなり入ってこず、サーシャは何度も会話を止めて質問を挟んだ。


 一番初めに怒り出したのはやはり短気なイグニスだ。「うっざ」と言いながらサーシャの頭に己の額をぶつけた。痛かった。


「精霊神を統べる『精霊王の器』になるんだよ」

「サーシャ王ちゃんね。素敵!」

「え、え、え?」


 混乱を続けるサーシャにルーナとウェントスはさらに追い討ちをかける。


「『器』の出現は先代の『精霊王』の不在を意味する。時差は結構あるらしいから、正確にはよく分からないけど」

「代替わりってやつよー。頑張ってねー」


 無表情なルーナに対してウェントスはニコニコ笑っている。イグニスはつまらなそうに頬杖をついて膜の外を見た。


 膜は随分小さく縮み、イグニスの鼻先まで迫っている。多少魔力が戻った神たちは余裕を取り戻したようだ。

 イグニスはあえて鼻先を軽く膜に押し当てて空気の層を割ってしまう。


 水中で酸素をうまく集められなかったサーシャはイグニスの行動に疑問を抱きつつ更に水中へ沈む。

 みんな落ち着いた顔をして呼吸を止めているので、サーシャも倣ったがだんだん苦しくなってきた。


 虹色に光る魚の群れがサーシャを取り囲み、美しい魚のトンネルを作った。


「行こっか」


 口から小さく泡を吐いて、ルーナが手を差し出した。

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