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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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71. サーシャの秘密①

「ルーナ、イグニス、ウェントス」


 体全体沼に飲み込まれ、視界は一気に暗くなった。

 同じく沈んでいるであろう三人に声をかけるが返答がない。


「ルーナ」

「イグニス」

「ウェントス」


 何度も何度も声をかけ、呼び尽くしてから気づいた。


(あ、もう少し大人しくしていれば良かった)


 ただでさえ空気の膜の中は酸素量が少ないのに、無駄に呼吸をしてしまった。意識を失うか眠っているかした方が酸素の節約になったはずだ。

 こうなってしまっては一番初めに息絶えるのは自分だな、と猛省する。

 静かにしばらく待っていたら闇の奥から布が擦れる音がした。誰かが起きたのだ。


「ルーナ?」

「ん、サーシャ? ……ここどこ」

「底なし沼の中だよー」

「なんで、どういった経緯で」


 銀色の髪が流れる気配がした。ルーナが沈んだのはあっちの方だったか、とサーシャは視線を向ける。高密度のヘドロの沼はやはり視界が悪い。

 音すら反響してしまい正確な方角がわからない。


「ルーナは大丈夫? 苦しくない?」

「ちょっとまだ苦しい。それより魔力ごっそり持って行かれたようなそっちの感じが気になる」

「なにそれ?」

「そっち行く」


 ルーナはそう言うと小さく息を吐いて空間を切り取った。瞬きした次の瞬間にはルーナがサーシャの空気の膜の中に移動している。

 ルーナは大体の感覚で飛んでおり、その精度は毎度の事ながら感心する。目視出来ない位置にも容易に飛べるのだ。


「サーシャ」

「ん?」

「寒い。温めて」


 ルーナの手が驚くほど冷たい。雪山に行った時でさえこんな風にはならなかった。

 その手を握ると、青年は体ごとサーシャを包んだ。苦しいくらいに抱きしめられ、ルーナの首元から顔を出す。


「はぁ、なんとか。落ち着く」

「なんでこんなに冷たいの?」

「多分人間たちに魔力を奪われたんだろうね。なんらかの方法で。ミーティの民は思念体を使うのが上手だって何処かの誰かが言ってたし」

「ルートヴィヒだね」


 服の上からでは熱が伝わらなかったのか、ルーナの冷たい手のひらが背中に入り込んだ。背筋が凍る感覚にサーシャは肩を震わせるが何とか堪える。

 細い指先が背骨をなぞり、ルーナの息が次第に熱を含んでくる。


「くすぐったい」

「もう少し。あったかくなってきた」


「クソガキー」

「サーシャちゃーん」


 暗闇の中で二人の凍えた声がする。あの二人も魔力切れらしい。

 ルーナは少し残念そうにしながら体を離した。指を鳴らすと突如イグニスとウェントスが同じように膜の中に瞬間移動してくる。

 四人分の空気の膜が合わさりかなり大きくなった。


「寒い寒い」

「ムリムリ! おい、服脱げ!」

「え、やだ」


 ウェントスもイグニスも揃って服を脱ぎ出しサーシャに覆いかぶさる。二人の手が服の中に潜り込み、冷たい感触であちこちペタペタされて鳥肌が立つ。


「やめて。冷たい」

「中入れろ、早く早く」

「サーシャちゃん、助けて」


 脱がそうとする手を引き剥がし、サーシャは二人まとめてぎゅっと抱きしめた。

 先ほどルーナにしたように体全身で抱きしめると、服の上からも熱が伝導し二人の震えが次第に収まる。


「はぁ」

「気持ちいいわぁ」

「二人も魔力吸い取られたの?」

「そうみたいねえ。困ったわねえ」


 ウェントスが体を離すとイグニスが「オレの」と、サーシャを膝の上に乗せて正面から抱きしめる。火の精霊神だけあって寒さにはめっぽう弱いようだ。


 いや、とサーシャは考え直す。この寒さは気温の寒暖による震えではない。死の匂いがする寒さだ。

 不吉な気配に心臓が音を立て、サーシャは震えるイグニスを抱きしめる。


「………ッ」

「ごめんね、火でも起こせれば良いんだけど」


 イグニスを撫でながらそう言うと、ウェントスが力なく首を振る。

 彼女も体力の消耗が激しく、顔が青白い。神を相手に頭容易く魔力を無効にした手腕がむしろ凄い。


「出来たとしても火はやめた方が良いわ。多分この辺り全体に良くない気体が溶けてるのよ」

「里の入り口にあった霧?」

「そうねえ。里に入って、目に見えなくなっただけで濃度は変わらず里に充満してるんだわ」

「あー。息苦しさが変わんねぇの、そのせいかー」

「火をおこした途端爆発するでしょうね。私たちも生きてるから。痛覚知覚があるって不便だわー」 


「次は私の番」と、ウェントスがサーシャを抱きしめる。いつもは暖かく柔らかい体が酷く頼りない。よく見れば体が少し縮んでいる。


 思ったより事態は深刻なのでは、とサーシャは眉を寄せた。人間の自分は助からないかもしれないが、神たちは人間と同列ではない。

 神ならばこの状況を打破できると思っていたのだが。


「やっぱりサーシャちゃんは流石に『器』といったところね。溶け出してくる魔力が気持ちいいわー」

「……うつわ?」

「あら? 知らなかったの?」


 聞きなれない単語に聞き返すと、意外そうな顔をしてウェントスはサーシャを見つめる。


「てっきり知ってると思ってたわー。無自覚にそれなのねぇ」


 などと言いながら、サーシャの胸に頭を押し当てる。

 ウェントスの言葉にルーナもイグニスも揃ってため息をついた。


「何つまんねえことバラすんだよ。折角利用しよーと思ってたのに」

(イグニス)ごときに利用なんて無理だ。でも『器』については頃合いまで黙っていようと思ってたのは本当だよ」

「器って何?」


 辺りは真っ暗で、酸素の量は十分でない。みなみな疲弊し大きな魔法を使える気力がない。

 危機的状況であるはずなのに揃いも揃って雑談に興じるなど呑気である。


 薄い空気の膜の中でのんびりと沼の底へと下降しながら、三人は静かに腰を下ろした。サーシャだけはぐるぐると三人の腕の中を行き来している。


「確かに、そろそろ頃合いかもしれないね。サーシャは幾つになったんだっけ?」

「もうすぐ十六〜」

「僕が昔『大人になったら色々あるから頑張れ』って言ったの、覚えてる?」

「勿論覚えてるよ。あと二年で成人だし。何があるか知らないけれどお手柔らかにね〜」

「うん、それなんだけどちょっと早まりそう。いい感じに準備が出来てきたから」

「へ〜」


 とはいえ未来を語るにはこの窮地を脱しなければならないのだが。

 誰も何も言わず慌てずのんびりしているのでサーシャもゆったりと話を続けた。

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