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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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69. 圧倒的な力量の差


 エルーシュカと呼ばれた少女はサーシャの顔を見て僅かに顔を紅くする。


 熱に浮かされ、意識が朦朧とする中で見た幻かと思ったのだ。体調が回復した今、はっきりした意識下で見る少年の姿はやはり麗しい。


 天使でないと知っても尚、浮世離れした美貌と雰囲気につい「天使様」と口に出てしまった。

 とはいえ喋ってしまうとそのイメージは崩壊してしてしまうのだが。


 エルーシュカはふとサーシャの手を見やる。その手がゆったりと持ち上がりエルーシュカの視界を覆う。


「…………?」


 不思議に思いながらもされるがままに瞳を閉じた。瞳を閉じたことで敏感になった聴覚に聞き慣れない言語が響いた。

 エルーシュカの耳にはなんと言っているかわからないが、サーシャにはきちんと意味を伴って入ってくる。恐る恐るエルーシュカが瞳を開けると、目の前にあるのはサーシャの背中で、その向こう側が見えない。


 サーシャの足元には、少女を襲った物と同じ毒矢が転がっている。炎に包まれたそれは煙を上げながら徐々に本体を溶かしていく。




***********




「サーシャと言ったな。お前は何を考えているんだ!」

「これは立派な裏切り行為だぞ!」

「早くその女児を渡せ。共々甚振り殺してくれる!」


 大人たちの怒号をゆるく流しながら、サーシャはふにゃふにゃとした笑みを作った。


「ごめんなさい。それは出来ないです」

「ふざけるな! そもそも何故ミーティの野人と言語を共に出来るのだ。言語統制が敷かれていて教わることもないはずだぞ」

「導かれる答えは一つ。さては貴様、間者だな。野蛮人の仲間のくせにハルハドに潜り込んでいたのか」


「…………」


 何を言っても聞く耳を持たないであろう。興奮しきった兵士にサーシャは変わらない笑みを返す。

 先ほど死角から放たれた毒矢は、既に小さな炭となって空中に飛散した。片足で煙を散らしながら同時に風型の魔法陣をサーシャとエルーシュカの周りに展開する。


 髪や衣服が柔らかく巻き上がり、エルーシュカは驚いてサーシャの衣服を掴んだ。


「間者とわかったからには即時魔術師学園にも報告する。二度とハルハドに足を踏み入れることは出来ないぞ」

「万が一潜り込んで来た時は即死刑に処してやるからな」

「はいはい。わかりました」


 色々捲したてる叫声を右から左に流した。


 学園を出た当初、もうハルハドに戻れないというのは想定していなかったがそこに拘る気持ちはない。ウェントスも言っていたが卒業ももう間近なのだ。


 今更学園に齧り付く気力も熱量もなく、そんなことで自分たちを見逃してもらえるのなら考えるまでもなく快諾しよう。

 男たちの視点では単純に力量の差から敵わないと言う捨て台詞の発言であったが。


 唯一の心残りは寮塔の管理者ときちんとお別れできていないことか。クーロの悠々たる面持ちを見れなくなるのは寂しい。

 クーロの飼い主が幽霊となって近くに存在しているのが心の救いか。

 ルートヴィヒについては……、ある意味合法的に離れられて喜ばしい気もする。あの人間はなんだかんだ言って苦手だ。助けてもらったことが多々あったとしても。


 風が二人を包んで体ごと持ち上がる。音もなく浮遊し、バランスを崩したエルーシュカが思わずサーシャの腰に腕を回した。

 最後とばかりに兵士たちから攻撃が飛ぶが、それもあっさりと風で打ち消せる。


(優しいな〜)


 言葉では非難しつつも優しい攻撃にサーシャは目を細める。彼らの立場上あっさりと見送ることが出来ないため形だけでも攻撃を仕掛けたのだろう。


 実力差に気づいていないサーシャはズレた感想を抱きながら彼らに手を振る。

 風と共に姿を消す少年たちを見送りながら、呆然としながら男たちは立ち尽くした。



 風に乗って上空を飛んでいたら精霊神たちがひょっこりと現れた。寝起き感はなく身なりが整えられている。


 朝日が東の空からのぼり、白んだ景色が色合いを帯び始めた。涼やかな風を受けながら両手に抱えた少女を見る。エルーシュカは物珍しそうに下界の景色を眺めた。


 サーシャはルーナたちに今あったことをかくかくしかじかに説明した。

 もうハルハドに戻れないけれどいいか、と言う問いに対して神たちは揃って肩を竦めた。「どうでもいい」と言わんばかりだ。

 エルーシュカがサーシャを見上げる。


「天使様……、じゃなくてサーシャさん」

「ん?」

「昨日に引き続き、今も助けて頂きありがとうございます」

「逃げただけだけどね〜」

「ハルハドの仲間を裏切ったのだと、何となく雰囲気でわかりました。生まれ故郷をお捨てになる覚悟、簡単なことではないと存じます」

「うん」


 サーシャは曖昧に微笑む。

 神たちも何とも言えない顔をして少女の言葉を聞いていた。エルーシュカは聡いのだろうが、サーシャの心象を測れるはずがない。

 少年は自他共に認めるほど、物事に執着しないのだ。


「つきましては私に提案があります。助けてもらったご恩に報いるため、我が里の住民として招待いたしましょう」

「え?」

「村長の孫娘としてそれなりに発言権はあります。事情を話せば民たちも受け入れてくれるでしょう」

「ありがたい話だけど、今すぐ帰っても大丈夫かな。その追跡術の件もあるし」

「昨日は疲労のため頭が働かず思いつきませんでしたが、里には術師がおります。術師に診てもらえればすぐ解除できると思います。万が一にも、その間に里が襲われた際は」

「うん、俺が守るね」


 あっさりと言った言葉にエルーシュカは頬を赤らめる。

 普通であれば出来もしない戯言で流されそうな言葉だが、サーシャの手腕を目の当たりにした少女は何の疑問もない。


「ありがとうございます。それに姉も戦士として里にいるので必ず天使様の力添えになりましょう」

「お姉さんいるんだね。そう言えばうわ言でも言ってたっけ。マルグ……?」

「ええ。名はマルグレットです。強くて美しい自慢の姉です。サーシャさんと同じくらいの年齢かと」

「そっか〜」


 どこかで聞いたことがある響きにサーシャは首を傾げた。

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