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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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66. 天使の化けの皮


「天使様方のおかげで痛みは殆どありません。先導なくとも向かっていけると思います」

「…………」

「それで、私はどこへ向かえばいいのでしょうか。昼に見た天国への階段が現れるのを待つべきでしょうか」

「…………」


 奇妙な静寂があたりを包む。皆が皆変な顔をして見合わせているので、少女は自分がおかしなことを言ってしまったのではないかと不安になって来た。


 ドキドキと心臓が音を立て、天使たちの反応を待つ。

 あまりにも時間がかかるので、少女の中で違った不安が押し寄せて来た。


「もしかして、私は天国へは行けませんか? 生前の素行により天へ登ることを許されていないのでしょうか」


 またまた天使たちが絶句し、我に返ったサーシャが「違う違う」と首を降った。なぜか今度は言語がわかる。さっきまでわからなかったのにどうして。


 疑問に思っていると他の天使も不思議な顔をしてサーシャを見た。

 注がれる視線に気づかずサーシャは姿勢を正して少女に向き直る。頭に手のひらが降りて来て熱の具合を確かめた。


「大丈夫? 熱で夢でも見てるのかな〜?」

「寝ぼけてはいません。体調はだいぶいいです」

「じゃあ何で天使とか。あ、ルーナのせいか」


 振り返った先の銀色の青年が脱力する。


「なに言ってんの」

「この中で一番天使っぽいから。俺たちもオプションで誤解されたんだ」

「サーシャ、一度良く話し合おうか」

「というか普通に死んだと思っちゃってるんでしょー。そこを正せばいいんじゃない?」


 ルーナ(と呼ばれた青年)が影のある顔で手招きをし、近寄る前に緑の女性がぐいっと自分の方に寄せる。


 この一連の流れでサーシャはかなりのマイペースな人物だと知れた。こんなに綺麗な見た目をしているくせに中身が残念とかずるい。少女の姉がもっとも嫌いそうな人種である。

 女性に諭されてサーシャは少女へと再び目を向ける。


「ん〜、え〜と、ウェントスが言ってた通りなんだけど。君は死んでないよ〜。俺たちは天使じゃないよ〜」

「…………」

「ほら、みんな足あるし。生きてるよ〜」


 後ろの三人が揃って脱力する。少女も肩の力が抜ける。足があるとかないとか幽霊の話をしているのだろうか。少年よりもしっかりしているように見える青年たちが何やら話している。


「おい、クソガキに説明させんな。向いてねーから」

「なら(イグニス)が説明しなさいな」

「ぜってーやだ。人間なんかと関わりたくねー」

「……サーシャに撫でてもらえるとしたら?」

「そんならしてもいい。つーかクソガキ全然オレに触ってこなくねぇ? 何なのあれ、そんなに嫌いか」

「夢魔」

「……あ、あー。変なことでしつけー性格ー」


 赤い青年は頭を抱えている。

 目の前のサーシャは背後の様子に気づかず一生懸命説明しているがだいぶ分かりづらい。

 遠回りだったりいきなりショートカットされたりと時系列が難解で少女は理解するまでだいぶ時間がかかった。


 とりあえずサーシャの説明によると少女は生きている、らしい。

 毒に蝕まれた体には解毒作用のある薬草を用いて回復を図ってくれたそうだ。とはいえまだ完治していないのでもうしばらくは安静にしているように、とのこと。動けば動いただけ毒が体に流れ込んでしまう。


 毒を受けた当初、少女は必死で逃げたため数十分の間に濃厚な毒液が体を蝕んでしまったのだ。僅かな時間で命を奪う猛毒に侵されたにもかかわらず、少女の体は五体満足に備わっている。


 通常毒を受け壊死してしまったら、そこから先腐ってしまうので切り落とすしかないのだが。治療にあたったサーシャは涼しい顔をして「大事にならなくてよかった〜」と呑気に微笑むだけだ。妙なアンバランスな感じが少女の心を擽ぐる。


「あの、サーシャさんとお呼びしてもいいですか?」

「いいよ〜」

「適切に治療してくださり感謝しています。ご迷惑ついでにお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なに?」

「姉が心配しているので村に帰りたいのです。家に着いたら安静にしますから、どうか連れて行っては頂けないでしょうか」

「んー」


 サーシャは呑気な微笑みを崩して顔を傾けた。口に手を当て何かを考えている。足りない頭で何を考えているのか不思議で、しかし能力があるのは確かなので少女は黙ってサーシャの返答を待った。

 サーシャはやはり明後日の方向から答えを返す。


「君さ、なんか違和感ない?」

「違和感はないといえば嘘になります。完治はしていないので」

「そうじゃなくて。痛み以外のことで」


 何が言いたいのかわからず少女は眉を寄せる。


「…………」


 じっとサーシャを見て、少女は突然恐ろしいことに気づいた。ぶわりと肌が粟立ち体が震え出す。

 今まで何故気づかなかったのか。サーシャは悪党たちと同じ制服を着ている。親切にしておいて実はこちらの反応を楽しんでいたのだ。


 気づいて恐怖に震える少女の反応を心待ちにしていたのだ。そこに思い至って少女の瞳は絶望に落ちていく。

 しかし呑気な少年は震える少女に「寒いのかな〜」と毛布を一枚重ねるだけというアクションをとる。


「ちょっとごめんね〜」


 少女を包む毛布の中にサーシャの腕が入ってくる。毒に侵された太ももに指先が触れ、さらに少女の体は震えた。

 乱暴をされるのか、今度こそ殺されるのか、もしくは自分を人質に集落を襲うのか、暴風雨のように悪いことばかりが駆け巡り、サーシャの質問を聞き逃した。


「え?」

「だから、これ。わかる〜?」


 もう一度サーシャの指が太ももの同じ箇所を撫でて、少女は空想の世界から呼び戻された。

 滑らかに滑る指先はデコボコした文様をなぞるように少女の太ももを撫でていく。


 不可思議な感覚に眉を寄せる。毒とは違う、ピリピリと痺れるような刺激が太ももを走る。少女の反応を見て、サーシャは毛布から手を引き戻した。


「こんな感じの、荊模様の文様が刻まれてるんだよね〜。これって元から?」

「いえ、足には何も刻んでません」

「だよね。これって追跡の魔術かな〜って思って」

「…………」

「俺、魔術よくわかんないからこれだけは解けなかった。解けないまま家に帰ったら危ないかと思って」


 サーシャの目に偽りはない。普通に疑問に思って普通に心配している。そこに打算も計算もない。あるのはまっすぐな気持ちだけだ。

 アホだと心の中が読みやすくありがたい。少女は強張っていた体から警戒を解いた。


「わかりました。サーシャさんの言う通りにします」

「ん。じゃあ今日はとりあえず休んで〜」


 言われるがまま少女は瞳を閉じて眠りに落ちた。

 

 知らない人の前にこんなにあっさり寝られる訳もないので、おそらく何かの術を使ったのだろう。

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