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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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3. Fクラスの問題児


 園外学習を監督していた担任は、夕方になっても戻ってこないサーシャに盛大に眉を潜めた。

 他の生徒は薬草や呪い用の木の実、稀に魔石を拾ってきて明日の実験に備え準備をすすめている。


「サーシャは」

「自分は知りません」

「私もです」


 生徒に聞いてみたが誰も所在を知らない。班行動をしろと伝えていたはずなのに、勝手にいなくなってしまったようだ。

 門番に問い合わせて外出記録がないことを確かめ、寮母に確認してまだ帰っていないことを聞いた。無論教室にもいない。


「あいつは……」


 ひとまず今日は解散し、教室に帰ってきたら厳しく叱責しようと決めた。

 しかし次に見かけたのは翌日の昼。大量の金翅鳥(こんじちょう)の羽を持ち込んで、突如布団を作り始めた姿に担任は思わず現実逃避した。




 担任も生徒も意識してサーシャを見ないようにして授業の準備へと入った。

 アルコールランプの上にビーカーをセットし、昨日拾い集めた戦利品を特殊な水の中に浸す。

 子供だけではまだ火は扱えないので、担任が一人一人の机を回り火を付けていく。


 沸騰石がくつくつと小気味のいい音がし始めると、教室の中は不思議な香りに満たされた。

 薬草は黄緑色の聖水になり爽やかな香りを放つ。赤い木の実のはねっとりとした黒いゲル状に変わった。魔石は水の中で火花を散らして輝き出す。

 全員が自分の品を興味深げに眺め、詳細を羊皮紙に記録していく。


「──あはは」


 突如静かな教室に場違いな笑い声が上がり、見ないように意識していたのについそちらを見てしまう。

 同時にクラス全員が後悔した。一度見てしまうともう自分の作業に集中などできない。


 クラスの後ろでははらりはらりと金翅鳥の羽毛を床に広げ、窓から差し込む陽に当てている奇人の姿がある。

 わずかに混じる砂粒を篩にかけ、時折ブツブツ独り言を言っている姿が極めて怖い。いや、ある意味魔術師らしい姿ではある。

 呪文を唱え儀式をしている姿は先輩魔術師に見たことがある。

 しかしそれとは激しく一致しない理由は何か。


「おい、授業中だぞ」


 クラスメイトの一人が勇気を振り絞って声をかけた。

 広い作りの教室は後ろで生徒一人が奇怪な行動を取っていても十分広いし授業の邪魔になるものではない。


 それでも、金色の羽を全身に纏いふわふわと幸せそうに微笑む子供の姿は絶対に学問をしている姿ではない。

 教会に飾られている天使像を連想させる光景に皆々難しい顔をして想像を振り払った。担任がため息をついて歩み出る。


「何をしている」

「羽毛を干してます。お日様に当ててフワッフワにするんです」


 生徒が一人、がくっと頬杖からバランスを崩した。


「今はなんの時間かわかるか。実験をすると言っただろう」

「当然わかってます。この素材で作る布団は初めてなので、寮の硬い布団とどちらが安眠効果があるのか検証します。結果が楽しみです」

「…………」


 何となく予想はしていた噛み合わない会話に担任は思わず額に手を当てる。

 頭が痛い。


「それはそうとその羽はどうしたのだ。金翅鳥の素材は市場で出回らないし、そもそも昨日拾った素材を対象とすると言っただろうが」

「え? おっしゃる通り拾ったんですけど」


 サーシャの言葉は間違ってはいない。しかし当然担任は納得できない。先に言った通り金翅鳥はこの大陸にいないため稀少性が高く市場に出回らない。

 そもそもこんな山盛りで手に入るわけがないのだ。手に入れようとすればそれこそひと財産必要になる。

 盗んだのかとも思ったが、仮にそうなら既に巷で騒がれている。それがないということはサーシャの私物で間違いない。


 しかし入園時は自分も見ていたが、荷物は鞄ひとつであった。参考書すらなかった。

 それなのになぜ。見つからない答えに言葉を失っているとサーシャがきょとんと担任を見上げる。一拍間を置いて子供は手を叩く。


「先生も要ります?」


 サーシャが羽毛を持ち上げる。いつの間にか羽と羽が紡がれ、一本の糸になっていた。


(一体いつの間に)


 クラスメイトの気持ちが一つになる。

 整えられた羽毛を両手いっぱいに持ち上げ、サーシャはそれで担任を覆うように手を伸ばした。


 咄嗟にその手を担任が避ける。不安定な勢いのまま、サーシャが担任の背後に位置した生徒を巻き込んで倒れる。

 担任の代わりに羽毛に包まれた生徒は大きく目を開けたのち、あまりの心地よさに目が緩む。そのままスリスリと羽毛を抱きしめて「あぁ〜」と我を失ってしまった。

 その隣の生徒もつい手を差し伸べて羽毛を触る。

 ふわふわと肌をくすぐるその感触に、いてもたってもいられず一緒に羽毛を抱きしめて「あぁ〜」となってしまう。


 そこから「私も」「僕も」と続き授業は大混乱。わいわい言っている集団から外れ、完全に部外者の顔をしているサーシャは布団作りを再開し始める。

 カオスなクラスの風景に担任は頭を抱えながら退出した。



 場を仕切り直して翌日、今日も実験である。

 ちなみにその直前までは国語で「アイウエオ」の書き順を習っていた。担任が黒板に数式を描き、生徒たちは懸命に内容を書き写す。


「これから火石の欠片を配る。石の質量と内包している魔力量を算出し公式に当てはめて蝋燭に火をつけろ」


 魔術師らしい授業に生徒たちは喜びの声をあげた。常々蔑ろにされていたFクラスだがほんの少しでも魔術に触れられるなんて。

 数グラムの狂いなく石の質量を図り、ああでもないこうでもないと頭悩ませながら実験に取り組んでいる。


 全員が。そう、クラス全員がだ。

 昨日の反省を生かし、今度こそみんな後ろの生徒に目を向けなかった。

 向けない。向けない。向けたらまた流される。

 強迫観念に押しつぶされそうになりながら額に汗を浮かべて各々目の前の作業に集中した。当のサーシャは呑気に寝ている。


「つ、点きました!」


 一人の生徒が呼吸を乱して達成を告げた。そしてポツポツと他の机でも蝋燭に火がつき、三十分ほどしてクラス全員の火が灯った時は達成感から歓声が沸いた。

 やった! やった! とハイタッチが各所で行われ、担任は思わず目に涙を浮かべる。


「ん」


 サーシャが小さく身じろぎをして体を起こした。

「うるさかったか」と、誰かが恐怖を含んだ声で呟き、途端場が静まり返る。

 一転して緊張した空気に変わった教室に、サーシャはキョロキョロと見渡し、明後日の方向を見た。


「え? 火をつければいいの?」


 問われた質問に反射的に近くの生徒が頷いた。

 パチンと指を鳴らして突如蝋燭から火が噴射する。轟々と音を当てて燃えるそれは天井を燃やす。


「やば……」


 木の焦げる匂いにサーシャは焦り、そして繊細に揺れる見本の蝋燭を見て自分が失敗したことを悟った。


「すみません」


 謝罪の言葉と同時に火が消える。公式には目もくれず、魔石に触りもせず行われた点火が生徒たちを混乱の渦へと落とす。


 無論担任も混乱し、「先生」「先生」と質問責めされるも、力なく教室から退出した。

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