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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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63. サーシャの素質


 隣国ミーティについて、出立前に少し調べていた。


 国土の70%が森林や断崖で出来ており、残り30%が湖や川などの水源だ。地図を見た時サーシャは疑問に思った。ハルハドのように首都や街、街道が存在しない。秘境のような立地に、人はどうやって住んでいるのか。本で調べてみたが明確な記述はない。

 想像するに、以前のサーシャと同じような生活環境で暮らしているのではないだろうか。


 ルートヴィヒからは「怪しげな術を使うから気を付けろ」と言われている。先導の兵士は「文化レベルが低い野蛮な民族だ。人間と思うな」と侮蔑を示して言った。

 実際会ってみないとわからないから何とも言えないが、注意するに越したことはない。


「だいぶスッキリした。イグニスとウェントスはどう?」

「オレもオッケ。動ける」

「私も。そろそろ行きましょうか」


 ルーナは大体の座標を指定したので戦場にそのまま飛んだわけではない。

 国土の中心、長閑なミーティの森真っ只中に飛んだので、どこにアクセスしようとしても同じくらいの時間で着ける。


 サーシャは学生鞄から地図を広げた。普段抜けているサーシャであるが、昨日ルートヴィヒに戦場となっている位置を聞いていた。奇跡的な快挙である。

 若干得意げに地図を示したサーシャだが、誰も褒めてはくれなかった。むしろ知らない方がどうかしている。


 戦争は昨日今日起こったわけではなく、日々戦況は市井に流れてきている。国土何度線のところで今こういう状況にあると、世間を賑わせているのに「昨日聞いたんだ~」と笑って言える神経の方が疑われる。

 神たちはサーシャの高くなった鼻をへし折った。



「ん〜、森のいい匂いがする〜」


 草木の澄んだ気配を感じながらサーシャは森の中を縫っていく。

 風魔法で森から上空に離脱すると、先ほど見たどこまでも続く森林の領域が見える。晴れた青空と暖かな南風が何とも心地よく髪をくすぐる。


 見渡せど四方は静まり返り人の気配はしない。神たちは静かにサーシャの後ろにつき、様子を伺っている。


 戦地はここからそんなに遠くはない。ミーティへの侵略部隊は既に国土深くまで進出しており、ゆるく飛んでいけば数時間の距離だ。通常、交戦区域となると国境付近で行われるのだが、この進出の具合が敵国の陥落は目前だという根拠になっているようだ。

 ルートヴィヒに言わせると「首都の場所もわかっていないのに、よく言うものだ」と皮肉っぽく笑っていたが。


「あ? 前この辺来たことねぇ?」

「だよね〜。子供の頃からちょくちょく出かけてるから。敵国の領土内って言われても今更感があるよね」

「サーシャがじっとしていないから。色んなところに連れ回されたな」

「ちょっと待って? ルーナも結構楽しんでたよね?」

「あらあら、仲良しね〜」


 気を引き締めていこう、と進んでいたはずなのにイグニスの一言で意識が緩んでしまった。イグニスの言う通りこの辺りの景色は見たことがある。

 幼い頃から事あるごとに出かけている三人は、割と多くの地域に足を踏み入れている。国という概念を全く意識せず縦横無尽に遊びまわってきたので、今更危険だからと、警戒するのは難しい。


 そういえばロック鳥討伐の時に「ミーティは魔力を感知するため気をつけろ」的なことを言われたが、これまで遊んでいる最中気配を断ったことはない。

 それはいつもサーシャたちが行くのは人が生活するのに適しない場所だからなのか。


 遊び場は魔物の生息区域が主なので人と出会うことはなかった。

 つまり長年遊び暮らしていて、ハルハドの外で他の人間をあまり見たことがないのだ。もっとも、ハルハドかて貿易をしているので他国との交流がないわけではない。どこの国から来ている人がいるのか知らないだけだ。

 サーシャはのんびり浮遊しながら湧き上がった疑問を述べた。


「どの辺りから魔法使うのやめればいいかな〜」

「ん? 何の話かしら?」

「ミーティの人たちって魔法使ってるのすぐわかるんでしょ? あんまり使ってたら場所バレて攻撃対象になっちゃうんじゃないかな。気配を断つ羽衣はルートヴィヒに取られたままで今手元にないし」

「ああ」

「ルーナたちは気配を消せるからいいけどさー」

「んー」


 神は曖昧に頷く。何かを考えているようで互いに顔を見合わせている。


「それ、誰か言ってたんだっけ?」

「飛空挺でルートヴィヒと先生たちが言ってたよ」

「あ、そうだった」

「興味ねーから流してたわ」

「あら、人間ってそんな認識なのね」


「興味がない」と言ったイグニスに対して「人間って興味深いわ〜」とウェントスが笑った。精霊神は人間と違った見解を持っていてサーシャは首を傾げる。


 ミーティの民は魔力感知能力に長けているから飛空挺の面々は気づかれないように仮死状態になって潜入したのではなかったか。魔力を使用せずに可能な限り部屋に引きこもり、息を潜めて過ごしたのではなかったか。

 疑問を浮かべるサーシャにルーナが浅く息を漏らす。考えるのは結構なことだがサーシャは色々と勘違いしているので結論に辿り着くことはできないだろう。


「もう少し考えてみてよ。その理屈ならサーシャの勝手な行いで結構危うい局面に至る可能性は高かったじゃない?」

「そうだよね〜。普通に船内飛び回ってたし、簡単な魔法も使ってたし」

「でも感知されることはなかったよね。何でだと思う?」


 サーシャは更に首をひねった。

 当初結構な考え足らずだったので自分基準の「おとなしさ」で魔法を使いまくっていた。そのためウェントスが船内に現れた時は内心ちょっと焦ったのだ。自分のせいで敵国に感知されて、船を攻撃されてしまうと。

 けれど実際はウェントスは敵国の兵士ではなく、主様に魔力を注ぎたいだけの精霊神であった。

 サーシャは違和感を抱く。


「襲われなかったのは運が良かったんだ、と思ってたけど」

「うん」

「今気づいたけど、ウェントスって船に来た時気配消してなかったよね? ルートヴィヒに見えてたってことは……」

「うふふ。そうね、消してなかったわ。消してたらお客様を誘えないじゃない」


「あれ? あれ?」とサーシャは頬に手を当てる。考えているうちにだんだんわからなくなってきた。自分の頭の弱さが恨めしい。


 ウェントスが気配を消さずに魔法を使っていた。サーシャも「感知されるから」とその時魔法の使用を止めたのではないか。あの船一つ飛ばす膨大な魔力の塊を見逃したなんて非常に考えにくい。運が良かっただけでは乱暴な説明だ。


「もしかして、魔法そのものが認知されてないとかある?」

「おっそ、やっとかよ」

「ご名答ね〜」


しかし、とサーシャはかぶりを振る。頭が熱い。全然理解が追いつかない。


「でも、学園のみんなは当たり前に使ってるし、ランク分けしてるよ。魔力が測れるってことは認知できてるんじゃないの?」

「そこよねー。サーシャちゃんのおバカな勘違いの要は」

「サーシャ、もう一回考えて。学園って何を教えてるの?」

「魔術だよ」


 なんでこんな当たり前のことを聞かれているのか。

 しかし簡単な質問なので難なく答えられた。


「じゃあ、僕らが使っているのは?」

「魔法」

「魔法と魔術って何をもって言葉を使い分けてるの? 君、言ってておかしいって思わないの?」

「…………」


 言われてみれば、とサーシャは口に手を当てた。ルーナの言う通り何となく使い分けていた。

 サーシャの中で魔法も魔術も同義語だ。同じ意味だが使用者によって使い分けていただけだ。


「あ、使用者か」


 正解に近づいたサーシャの呟きに神たちはゆっくりと頷いた。

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