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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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61. 間抜けな出征


 翌朝、やや寝坊してしまったサーシャは指定の集合場所に向かった。表門ではなく、まるで人目を避けるように裏門に集合させられた面々はやはり不安そうだ。

 自分が逃げれば家族が処罰されると聞けば嫌でも命令に従うしかないが、そのくくりからサーシャは実は外れている。


 天涯孤独(と学園側が勝手に設定した)のサーシャは別に逃げても不思議ではなく、生徒の何人かは当然来ないだろうと踏んでいた。しかし当たり前のように少し眠い顔をして緊張感なく歩いてきたので生徒だけでなく教師も呆気に取られる。


「おはよ〜」


 と間延びした声もまた気が抜ける。遠足に行くかのような軽装備もツッコミどころ満載だ。他の生徒は箒や杖を持ち、ローブの下には重厚な鎧を着ているのにサーシャは肩掛けのカバン一つで、衣服の薄さも防御力皆無であることが目で見てわかる。

 一番先に戦地で散るのは彼だろう、と周囲はサーシャの最後の姿を目に焼き付けることにした。


 教師の隣には国から派遣された兵士が立っている。彼は選抜された生徒の誘導役で段取りよく集まった生徒から馬車に乗せていった。馬車は何台か連なっており、最後に来たサーシャは最後尾の荷台に詰め込まれる。

 馬車に乗って中の様子を見る。街の中を周って来た後のようで、すでに何人かの子供たちが座っている。落ち着きのない顔と目が合い、サーシャは微笑んだ。


「おはよ〜」

「ま、魔術師様」


 全員が乗り込み、荷台の扉が閉められる。もう逃げられないのだと、誰かが呟き小さく泣いた子供がいた。

 街の子供たちがサーシャ含む学園組におずおずと近寄る。

 馬がいななき、馬車がゆっくりと車輪を回して進み出す。


「魔術師様、どうかよろしくお願いします」

「私たちは非力ですが、精一杯勤めを果たします」

「ですが、もし余力がございましたら私たちを守っていただけると嬉しいです」


 町民の切なる願いに学園組の口元が引きつった。そもそも学園組も戦闘の訓練を受けていない。まして成績が振るわず学園から切り捨てられた身である。

 誰かを守るどころか自分の命ですらきっとあっけなく果てるだろう。出来もしない頼みに目を逸らした。その様子を町民は別の意味で受け取ってしまう。

 町民ごとき守るに値しないのだと、魔術師が仕えるのは王族ただ唯一であると。短い生に落胆して子供たちは皆々肩を落とした。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。陸路だし負けそうなら走って逃げよ〜」


 アホが何か言ったので学園組がげんなりする。一生懸命辞世の句を考えていたのにサーシャのせいで考えに集中出来ない。

 町民はサーシャの問題児ぶりを知らないのため、驚いて顔をあげる。


 サーシャとしては以前の渡航手段が飛空艇だったから出た言葉だ。

 空で攻撃を受けたら咄嗟の対応が難しいかもしれないが、地上であればどこへでも走って逃げられるはず。想像力不足に本人は気づいていない。


「ちょっとした旅行みたいな感じで行こうよ。バナナ食べる?」

「あ、ありがとうございます」


 もらうのかよ、と生徒は拍子抜け。町民はサーシャへの抗体がないのですぐ流されてしまう。


「で、でもこれは戦争ですよ。心配しないなんて無理で」

「そう? じゃあ君たちは馬車で待ってて〜」

「え?」


 サーシャは馬車の天井へと目を向けた。中からは見えないが、精霊神たちは荷台の屋根に座ってのんびり風を受けている。

 そばにいる神は気配を消していて、けれどもサーシャの会話を聞いていた。


 三人は其々景色に目を流しながらマイペースな少年の判断を待っている。きっととんでもないことをぬかすのだろうな、と。既に間抜けの片鱗が露呈しているが。

 そんな神たちの呆れを知らず、サーシャは顔を青白く血の気を無くした町民に手を伸ばした。

 サーシャよりも一、二歳幼い子供の頭を撫でる。


「泣かなくて大丈夫だよ〜」

「でも」

「そんなに不安なら、俺が先に行って片付けてこようか」

「え?」


「は?」


 町民だけでなく、生徒たちも今の一言に疑問を発した。「何を言ってんだ? こいつ」と怪訝な視線を一身に浴びて、サーシャは徐に立ち上がった。


 荷台の扉に手をかけて、首を傾げる。扉が結構硬い。逃走防止に鍵が掛けられているのだが、その発想がなかったサーシャは火魔法で引っかかっているところを焼き切った。

 扉が開き、割と早いスピードで走る馬車の上から飛び降りる。


「ルーナ」


 サーシャが何か言って、瞬間その姿が消える。

 しかし馬車から飛び降りたところまでしか見ていなかった面々は、慌てて荷台から身を乗り出し何が起こったのか状況を整理した。

 数分の時が経ち、全員が同じ答えを導き出す。


「あいつ、逃げたんだ……」


 誰がともなくそう呟いて、馬車の中は再び静寂が満たされた。鍵が壊れ、逃げられる状況であるが報復が怖い。向こう見ずに逃走する気にならず、扉に近い子供が黙って入り口を閉めた。




 死期を覚悟した子供たちは一ヶ月かけて戦地に到着する。風が吹き、静まり返った草原を見て全員が無言になった。


「…………」


 人っ子一人いない。場所を誤ったかと、先導の兵士と共に周辺の区域を探るがどこもかしこも静かであった。

 しばらく滞在し様子を見ていたが、状況は変わらず、また、特攻するにも首都の位置が不明な為、一行はすごすごとハルハドに戻ることになった。


 一体何のために隣国に来たのか。結果オーライ感はあるが意味がわからず互いに顔を見合わせるのであった。

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