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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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59. 夏の終わり


 風に乗りながら街の中に飛び込むと、やはり時の経過を感じる。


 気温の高さは相変わらずだが、陳列している商品に変化がある。以前は暑さに備えた商品が多かったが、秋物の新作を伝える店構えに趣向を変えつつあった。


 市内を突っ切り、大楼門を上から飛び越えたサーシャはそのまま寮塔に向かった。帰省しているはずの生徒たちが今学園に溢れていると言うことは、そう言うことだ。サーシャは一ヶ月以上寝続けてしまったのだ。

 夏休み丸々寝て過ごすとか、怠惰極まりなく悔やまれる。


「クーロ、ただいま」


 寮塔の中のオブジェの前でそう唱えるとクーロの転移システムが起動する。丸い装飾が施されたオブジェはその一言に音もなく分解を始めた。

 円形の彫刻が一つ一つ剥がれ落ち、サーシャの周りに円を描いて浮遊する。

 初めは目で終える速さのそれは次第に速度を増し、一個体の彫刻として認知できなくなる。その代わり文様が浮かび上がるのだ。


 転移の魔術陣が彫刻の円陣で描き切った瞬間転送が始まる。ふわっと風が凪いで、一度目を閉じた瞬間サーシャは屋上階に飛ばされていた。


 この一連の流れが他の生徒には見えていない。血の登録をしていないサーシャ以外の人間には転移システムが認知できない。

 オブジェの前にいた人間がいつの間にか消えてしまったように見えるはずだ。

 尤も、元々学園の爪弾き者であるサーシャは、みんな意図して視界から外すので誰も気づいてはいないが。


 最上階に飛んだサーシャは「PLAY ROOM」と書かれた扉を開ける。

 扉の奥はサーシャたちの居住スペースだが、クーロと飼い主の思い出の階でもあるので、プレートはなんとなくそのままにしていた。


 重い観音開きの扉を開けると、一番初めに見えるのは共有スペースである。クーロを中心として半円にソファーが並び、その奥にそれぞれの個室の扉がある。


 ソファーにはルーナがのんびりと座っており、クーロがサーシャの帰宅にいち早く喜びを表した。扉を開ける前から足音で気づいていたらしい。

 もしくは転移システムの作動がトリガーとなったのか、いつもはゆったり寝そべっているクーロが今日はすでにお座りの体勢で尻尾をぶんぶん左右に振っている。

 

 近づいて三つの頭を撫で、「ただいま」と伝える。

 其々の頭に代わる代わる顔を舐められて、その後恐る恐る問題の精霊神へと目を向けた。


「た、ただいまー」

「おかえり、サーシャ」


 ソファーに寛いでいるルーナはふんわりと目を細めて微笑んだので、意外な反応にサーシャは目を見開く。共有スペースの机には置き時計があり、しっかりと今の日付と時間が刻まれている。


 大樹の元で飛び起きたとき感じたくらいの、同等の時間がやはり経過していた。時分は九月を指している。

 夏休みはとっくに終わっている。無断外泊の叱責が飛ぶかと思ったがそうはならず、穏やかに微笑むだけだ。


「お、クソガキが戻ってる」

「サーシャちゃん、おかえりなさい」


 其々の個室から出てきたイグニスとウェントスも当たり前のように声をかけてきた。長らく留守にしたのにそれを思わせない返答に、やはり精霊と時間の流れ方が違うのだろうかと頭をひねる。

 もしくは自分から気付いて謝罪しろと言うことか。ルーナをじっと見ていると、何故か楽しげに笑みを深くした。


「そんなにおどおどしなくても。里帰りしてたんでしょ。楽しかった?」

「え?」


 何故知っているのか。サーシャは結局連絡しなかった。サーシャの代わりに姉が何らかの手段でルーナに申し伝えてくれたのだろうか。

 疑問に対しウェントスが微笑んだ。


「神樹が大喜びで歌ってるんですもの。この辺りで神樹と言えばサーシャちゃんの聖域しかないでしょ」

「アホでもわかるっつーの。あんなクソうるせー大音量出しやがって」

「でも人間にはわからないかもね」


 ルーナの手が伸びてきて、頬をタオルで拭った。クーロの唾液で濡れていたらしい。


「何だ、ルーナたちにはわかってたんだ」


 ちょっと拍子抜けして答えると「何で急に、何も言わないで、くらいは思ったけど」と、僅かに眉を寄せて付け加えた。

 いじける様な仕草をして、すぐにいつもの笑みを浮かべる。


「これを機に僕たちも里帰りしてきたよ」

「たまに聖域もメンテナンスしねーとな」

「ふふ。毒草沢山植えてきちゃったわ」


 三者三様に笑い、皆皆有意義に夏休みを過ごした様だ。サーシャはずっと寝てばかりだったが。

 何はともあれ心配をかけた訳ではなく良かった。


 ひとまず一通りの挨拶を済ませて、クーロはもう一度サーシャの顔を舐めた。


「ダディ、オハナシオワッタ?」

「終わったよ。クーロと久々に遊ぼうか?」

「アソビタイケド、チガウ。トウノナカモ、ソトモ、ウルサイ。ナニカアッタミタイ」


 煩しそうに耳を両足で押さえる。余った四つの耳はペタリと頭に沿って伏せる。

 確かにサーシャが学園に入ってきた時、何だか騒がしかった気がする。当初はそれどころでなかったので無視してしまったが。


 サーシャは再び、外に向かうためロビーの扉に手をかける。


「ちょっと見てくるね〜」

「僕も行く」

「オレも」

「私もー。流石にサーシャちゃんいない日が続くと退屈なものね」


 明らかに何らかの事件に期待したウェントスにみんな呆れたり、同調したり、反応は様々だ。


 揃って寮塔を出ると、生徒たちは黒い装束に身を包み講堂の方向へ向かっている。

 サーシャもとりあえず黒いマントを鞄から引っ張り出して羽織る。ぱっと見似たようなものだろう。神たちは気配を消して浮遊している。


 人波の流れに乗ってサーシャは講堂へ入った。

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