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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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56. 夢魔とサーシャ


 次はサーシャだ。

 何だか疲れてしまったし、ルーナを見て癒されたい。


 暗い床の上に座って変化を待っていると、足が勝手に立ち上がった。

 なるほど。自由の効かなさは拘束術と似ているが、自分の行動なので嫌な気はしない。


 不思議な感覚を抱きながらサーシャは自分の記憶の中に足を進めた。黒い床が見慣れた床に色合いを変えた。寮塔のサーシャの部屋の前だ。


 成長具合は十四歳程度。自分で意識していないが、一体何を幸せと感じたのかサーシャ自身も気になる。

 ルーナと一緒に花を植えたことだろうか? それとも新しい料理に挑戦したことだろうか? どれもこれも楽しかった。ここから帰ったら他にも色々やってみたい。


 ドアを開けて部屋の中に進む。


「ん?」

「あら?」

「???」

「は?」


 ドアの中はサーシャの部屋であるが、妙な違和感がある。サーシャだけでなく神たちも違和感に気づいて首を傾げた。

 皆、サーシャの記憶に少なからず興味があるようで、それぞれの方向から眺めている。若干の気恥ずかしさを感じた。


 違和感の正体はすぐにわかった。部屋のレイアウトが違う。大体の好みはあっていて、私物が散乱している。サーシャの部屋だと言われたらその通りなのだが、このような模様替えをしたことはない。


 開けた扉の向こうにはサーシャの勉強机、薬品棚、本棚と連なり、本棚に収まりきらなかった本が床に山を築いている。フラスコやビーカーも無作為に置かれ、歩いたら蹴飛ばしそうだ。

 これはデフォルトだ。サーシャは片付けが得意でないので部屋は常に散らかっている。ドライフラワーが天井から所狭しと吊るされて花のいい香りが部屋一帯に広がっている。


 その当たり前の部屋の中で、天蓋付きの大きなベッドが異質に構えていた。実際のサーシャのベッドは簡易的なシングルベッドだ。

 三人程横になれそうな規模のベッドには四方にカーテンが敷かれている。カーテンの奥からは人の気配がするような。


「ルーナ?」


 振り返ってルーナを見ても、彼は黙って首を降った。ルーナの記憶にもないということだ。これはどういうことだろう?

 手が勝手にベッドのカーテンを握る。


『サーシャ様?』


 カーテンの奥から腕が伸びてきて、サーシャはそれに捕まり引きずり込まれる。


 天蓋とカーテンに囲まれたベッドは昼間だというのにかなり薄暗い。自分を抱くその顔は影になっておりよく見えない。しかしその体の厚さから男性ということはわかった。おっとりと、優しい声色にサーシャの口が緩む。


 記憶のサーシャはそうしていたのだとわかるが、当のサーシャは訳が分からなくなっている。なぜならサーシャにはこんな記憶がないからだ。


 首に巻きついた男の腕を外し、サーシャは自分から男を倒し、その横に体を滑り込ませる。

 ベッドの中も本で溢れていて、徐にサーシャは一冊の本をとって開いた。


『こんな暗いところでお読みになったら、目が悪くなります』

『ん。じゃあ疲れたから寝る〜』

『まだ昼ですよ。お茶でも入れましょうか』

『お願い。ありがと〜』


 男が長い前髪をかきあげる。サーシャは声をあげた。あの仕草は知っている。その色気のある行いに世の女性が虜になったのだ。

 以前薬物学の授業中でもイグニスにやって見せた。顔立ちが見えないのがなんとも惜しい。


『ケーキでも焼きましょうか。それまでサーシャ様はお休みください』

『そこまでしなくていいよ。お茶して一緒に休も〜』

『はい。サーシャ様は体温が高いので気持ちいいです。…………』

『……って、あれ? 寝てる?』


 サーシャにくっついたまま男は離れない。徐々に体が重くなってきてその下敷きになってサーシャは潰れた。今まで普通に会話していたのに何故だ。そう思いつつも、サーシャは優しく男の髪を撫でた。肩甲骨まで伸びる髪は指通りが良く柔らかだ。


 その体温と寝息にサーシャも心地よさを感じて、瞳を閉じる。互いの呼吸がちょうど合わさって甘く蕩けたような感覚を味わった。



「あれ? もう終わった?」


 気づいたらサーシャは再び暗闇の中に立っていた。ルーナは眉を寄せて不機嫌を露わにしている。


「サーシャちゃんの幸せな記憶に自分が出てこないから拗ねてるのよ〜」

「つーか、クソガキはガキらしくずっと寝てたな。夢の中で寝るってどんなだよ」

「あ、見てたの? いや、俺もルーナだと思ったんだけど。あれは誰かな?」

「サーシャ、いつの間に」

「んん? ルーナも知ってるよね? いつも一緒にいるからわかるよね?」


 嘘をついていないことは明白のはずだ。

 ルーナは勿論、イグニスやウェントスも大抵一緒にいるからあの男が仮にいるのであれば絶対誰かが気づく。

 しかし誰も思い当たらないということは、それはつまり?


「サーシャだけ思い出じゃなくて願望だったとか?」

「え?」


 男とイチャイチャして寝る趣味は毛頭ない。

 あらぬ疑惑をかけられてサーシャはショックを受ける。というかさっきからこの夢の世界は本人以外にあまり優しくないようだ。


 ウェントスはよく見ていなかったから平和に終わったが、ルーナはきもいと暴言を吐かれるし、イグニスは他から叱責を受けつつサーシャとの仲が拗れた。サーシャは有り難くない誤解を受けるし。


 他人の深層心理など覗くものではない。プライバシーはそれなりに大事なのだと、それぞれはそれぞれの方法で心に刻んだ。


「みんなー! いい夢見れたー?!」


 ジャーンと夢魔がスポットライトにあたって現れる。全員一緒に「早く帰りたい」と漏らし、夢魔が「あら? なんで? どうして?」と不服そうに頬を膨らませた。感謝されこそすれ、非難される謂れはないと夢魔は鼻を鳴らす。


「まあいいけどー。他の子供達もみんな目覚めてる頃よん! 次は悪夢であなたを襲っちゃうから覚悟してね!」


 バン! とまた見えない拳銃で夢魔は四人を打ち抜き、次の瞬間には中等部の教室で目が覚めた。


 互いに目を見合わせ、無言でその場を後にした。

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