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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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2. Fクラス


 サーシャを運んだ男はFクラスの担任である。


 現在は新入生の顔合わせとオリエンテーションの真っ最中だ。

 AからFの人数構成は菱型に分布しており、魔術師学園の適性平均値は24。Fクラスは適正値5~10なので平均を大きく押し下げる、お荷物の代名詞といった存在だ。


 また、適正値5~10は一般人レベルのため何故魔術師学園にいるのか存在価値まで疑われかねない。

 己の力量を理解し、少しでも上に上がれるように日々切磋琢磨せよ、と激励の言葉は続くのだが教室後ろで昼寝真っ最中のサーシャのせいで説得力が塵となって消える。

 前代未聞の「適正ゼロ」。一般人でもありえない。クラスメイトは既に最下位の存在に胡座をかきはじめた。

 上手く事が運ばない腹立たしさを隠さず、担任は適正ゼロの頭を叩く。


「起きろ」

「う」


 フラフラと頭を持ち上げて、担任を焦点の合わない目線で見上げる子供。その顔色は死人のように青白い。

 そもそも体調が悪いのならそう言うべきだ。測定器はある程度のコンディションでないと正確な値は出ない。そんな言い訳一つでも溢れればこうまで揶揄されることはなかっただろうに、とため息をついた。

 オリエンテーションはどんどん進む。


「入園にあたり必要なものは揃えてあるな。机の上に出せ」


 生徒たちは大きな鞄から参考書各種、羊皮紙、ペン、ランプ、杖、……とプリントを見ながら並べていく。

 箒はかさばるので教室後ろに別に纏められている。皆々やや緊張感を漂わせて担任の次なる指示を待つ。後ろの子供は机をまっさらに明後日の方向を見ていた。


「え? なに? 持ち物なんてあったの?」


 と、シンとした教室に呟きが響き、全生徒の目が向いた。


 担任の額に怒りのあまり青筋が浮かぶ。

 落ちこぼれたいのならば勝手に落ちこぼれれば良い。サーシャのことなど見えていないように担任は進行を進めた。




 翌日からはひたすら座学と実習の連続である。

 クラス毎に使える設備は異なり、当然優秀なAクラスは国最高峰の研究施設と学術書が割り当てられる。

 Fクラスは教科書(絵本)を読んで、そのへん適当に歩いてなんか拾ってろ、くらいには差がある。


 というわけでサーシャは教室で「1+1=2だね~」と、空間数学教師から聞いた後、園庭を散歩していた。クラスメイトはサーシャと関わり合いになりたがらず、各々のグループを作って散策を行なっている。


「気分はどう?」

「ん、ばっちりだよ~」

「二日も寝続けてたものね」


 つまり入園早々いきなり二日休んだ。固いベッドの上でゴロゴロゴロゴロしていたので今度は身体中が軋む。ルーナが背中を撫でるのを心地よく受け入れた。


「で、どうするの?」

「園外学習だって。魔力のあるもの拾って実験の素材にするって言ってた」

「あっそー」


 ルーナは足下の石を蹴飛ばして、くるりと結われた三つ編みをしならせる。ところどころビーズがあしらわれているのはサーシャによるものだ。

 ベッドで暇だったので手慰みに髪で遊んだ。


「ルーナは今日暇?」

「なんで? どこかに行きたいの?」


 わずかに口角をあげ、悪戯っぽく笑みを浮かべた。サーシャは灰色の外套の中からゴソゴソと本を取り出す。因みに園指定のローブはまだ買っていない。

 図書館から借りてきたそれは魔物図鑑で、サーシャはパラパラとページをめくった。金色に輝く怪鳥のページで指は止まる。


「これ、採ってきたいから手伝って」

「生息地が大陸超えてんじゃん。君の移動魔法じゃ行けないね」

「そそ。適正ゼロの私めには移動だけで骨が折れるのであります」

「はいはい」


 自分を笑いながら卑下する言葉を流し、ルーナは手を差し出した。その手は血流に沿うように白く発光を繰り返し、いつもながら綺麗だと思う。

 手を重ねると移動が始まる。




 自宅から街までの距離くらいならば一瞬だが、大陸を超えるとなると大幅に次元を歪めるので体への負荷が一層だ。

 骨格が歪み、内臓が位置を変えるような、けして良い気分ではない感覚を数分味わいながら遠くで光る次元の出口に終わりを見つける。

 強く手を引かれて光の中に飛び込めば、飛んだ先は空の上だった。



 なんでこんなところに。

 ひゅっと内臓が持ち上がり、体が落下する。空に浮かんでいるルーナを見上げれば、激励だけ返された。

 咄嗟に自分の足型二つ分の魔法陣を作り空中で体勢を整える。


「大丈夫?」

「いろいろ言いたいけど。酔った。この転移魔法もう少しどうにかならないの」

「一日かけて飛ぶんなら負荷はほとんどないよ」

「じゃあ帰るときはそれで」

「わかった」


 そうなるとまた授業を休むことになるが、その賛否を述べる者はここにはいない。


 不意に視界が暗くなり、大空に耳をも塞ぐ甲高い鳴き声が響き渡る。上を見上げるとサーシャの五倍はありそうな怪鳥が敵意むき出しに旋回していた。

 探す手間が省けた。幸いにも縄張り内に飛んだようだ。


 金色に輝くその姿は雄々しく生命力に溢れている。嘴の先をこちらに向けるとコンマ一秒で急降下してきた。

 ギリギリ避けて、怪鳥は勢いそのままに地上の崖に突っ込み大地を削る。当たったら絶対死ぬ。


 人里から離れているのだろう。見渡す限り広大な大地には地層の割れ目がどこまでも続き、他に生命の気配はない。

 怪鳥の為だけの空間に突如現れた子供が二人。安寧を脅かす完全なる侵略者であるサーシャに、怪鳥はより一層の警戒を強めた。


 翼を大きく広げ風を薙ぐと、立っていられないほどの暴風がサーシャを直撃した。小さな体は踏ん張れずあっさりと魔法陣の足場から落ちる。


「ちょっと強すぎない? 倒せないかも」

「……まだ何もしてないじゃん。もう少し頑張れ」


 空中戦は分が悪い。手も足も出せない状況にサーシャは首をかしげた。落下しながら、空中で出した魔法陣から魔力を引き出し腕に巻きつける。


 なんとか地上との激突を避けて、振り子の原理で体を回転させ、新たに作った足場に飛び上がった。

 階段状に作った魔法陣で一気に空へと駆け上がっていく。攻撃魔法のレパートリーはあまりないので、とりあえず風型に指を組ませて腕ごと振り下ろす。


 風刃が現れ怪鳥に向けて飛ぶ、が同時に怪鳥が翼を薙いだので二つの攻撃が相反し更なる暴風となって空中で爆発した。

 いや、相反していない。サーシャの方が圧倒的に力不足で、相殺され足りない分はそのままサーシャに直撃した。


「いったー」


 頬から血が流れ、服は所々破れてしまった。鼓膜も凍ったように痛む。

 怪鳥が次なる攻撃を仕掛ける。強風に目も開けられず、圧迫する風の流れに逆らうことができず、サーシャは魔法陣から再度落ちた。


「ちょっ……」


 慌てるルーナの声がしたが、視界が悪いため手だけ降って応える。どんどん地上が迫り、このまま叩きつけられたら潰れる。怪鳥は己の勝利を確信し空へと戻っていく。


「今日はあきらめるー」

「ええ……」


 地上からやや外れ、サーシャは大地の割れ目へ落ちていく。ところどころと突起した岩肌をスレスレに避け、時には木に腕を抉られ最下層に向かう。

 サラサラと上から砂が降ってくる最下層で、やっと風魔法で落下スピードを緩めてサーシャは倒れた。暗い崖下からずっと遠い天空を見上げる。怪鳥が一度鳴きながら旋回しているのが見えた。


「……風対風ってそんなに相性良くないのかな。全然攻撃通らなかった」

「へえ」


 ちなみにルーナは常に力技で何とかなっている。属性など考えたことはない。


「根性なさすぎ」

「返す言葉もございません」


 倒れた地面は固い岩肌でなく、体をふんわり柔らかさで受け止めてくれる。暗い中でも僅かに陽の光を反射して輝くそれは間違いなく怪鳥の羽だ。


「でもいいじゃん、これが欲しかったんだから」


 ゴロリと転がって振動で金色の羽があたりに舞い上がる。重力を僅かに受ける羽はゆらゆら空中を浮遊した後にサーシャの体に降ってきた。

「あったかい」と、そのまま寝の態勢の入るサーシャをルーナが引き上げる。肌に触れるのならば消毒くらいしろ、と銀色が語る。


「じゃあ帰ろうか」

「よろしく」


 大の大人数人は入るくらいの麻袋を取り出して二人はせっせと羽を掻き集めた。不可抗力に混じってしまう砂粒は後で綺麗に取り除こう。


 仕事を終えた二人は、歪めた次元の中を一日かけてゆっくりと帰った。

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