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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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55. 夢魔とイグニス


 先とは一転、幸せそうに夢から戻ってきたルーナに、ウェントスが「わかるわかる〜」と肩を叩く。


「この空間、いいわね〜。ずっといても良いくらい」

「確かに。幼いサーシャをこうしてもう一度見ることができるなんて。もうここに住んでもいい」

「なんか、あいつら性格ブレてね? マジでこえーんだけど」

「幸せな思い出って神ですら堕落させちゃうのかな。あ、次はイグニスの番だ」

「ヤダー。つうか、オレはゼッテー骨抜きにはされねー」

「頑張れ〜」


 なんの応援だ。

 うふふ、あはは、と惚けている脱落者二名を尻目に、イグニスはサーシャに軽く蹴りを入れる。


 パターン的にイグニスも創造主との思い出が出てくるのだろう。以前、イグニスとウェントスの大切な人が同一人物ではないかと疑ったことがあったので、今ここで解明されるはずだ。

 ウェントスの記憶ではフリルの服装の少女であった。

 イグニスのいう母親がその成長した姿で現れたらビンゴだろう。サーシャはワクワクして人の思い出に目を向けた。


 しかし、浮かび上がった光景は意外なものであった。

 大木ほどに太い、茨の中に舞台が変わった。枯れた茨は縦横無尽に辺りを埋め尽くし、方々に散らばった面々は不思議そうにお互いの目を見合わせる。


 この記憶はサーシャも知っている。というか、かなり新しい。時系列的にはウェントスと会うちょっと前、最高学年に上がる直前の話だ。

 創造主と全く接点はないはず。


「なんでこれ?」

「あ、これこれ。確かにすっげえ楽しかった」

「イグニスのお母さんは?」

「良い思い出って一個じゃねぇじゃん? (ルナ)みてぇに。次の思い出で出てくんじゃね?」

「…………」


 サーシャは目を背けた。

 イグニスにとっては良い思い出でも、サーシャにとっては悪夢だった。気まぐれに訪れたダンジョンで起こった悲劇は、今でもたまにサーシャを苦しめる。


 その悲劇が起こる前の光景の中でサーシャとルーナが息を切らしている。

 縦横に連なる茨の上にそれぞれがそれぞれの方向で立っていた。重力無視の不可思議な迷路の中で三人は盛大に迷っていた。


『ちょっと、サーシャあまり動かないで。そっちに行けない』

『ルーナこそ。あ、イグニス勝手に行かないでください! 逸れます!』

『すっげ、何これ。全然法則読めねー。ここの穴入ってみよ』

『サーシャ、追わないで。そこでじっとし……』

『イグニス! 待って……わあ!』


 茨の穴に飛び込んだイグニスは、違う枝の穴から飛び出した。しかし上から下に飛び込んだはずが、右から左に角度を90度変えて空間を移動した。


 消えたイグニスを追ったサーシャは茨から足を滑らせ真っ逆さまに落ちる。ギリギリで風魔法で落下を免れる。

 落ちた先はピンポイントで硬い棘の真上であった。背中が少し掠ったようで布一枚分切れてしまったが。


 飛んで二人の元へ向かおうとするが、重力が異なるところはそのまま別空間になっているらしい。見えているのに交われない。

 同じ道順で進まないと同空間を共有できないのだ。重力無視のダンジョンに始めはしゃいで大騒ぎしたのが仇となった。


 好き放題穴という穴に飛び込んであっち行ってこっち行ってしているうちに戻る道順を忘れてしまったのだ。

 魔物は時折出るが強くはない。……だが。


 思い出して、ブワッとサーシャの肌に鳥肌が浮かんだ。イグニスの思い出を直視できずにサーシャは頭を抱えて蹲る。

 イグニスが記憶を楽しみながら、蹲る今のサーシャへと目を向ける。その唇が愉悦を含んで笑みを浮かべた。


「それ、サイッコー……」


 小さく呟かれた声はサーシャに届かない。

 けれど代わりにサーシャの絶叫が耳を貫いた。叫んでいるのは今の自分でない。昔の自分だ。

 悲鳴に気づいたルーナとウェントスが惚けた世界から現実世界に戻る。小刻みに震えるサーシャの肩を揃って抱き、彼らは呆れてイグニスを叱責する。


「こういうの、やめて。趣味が悪いよ」

「あらぁ。(イグニス)ちゃんってえげつないのね。こういうの好きなの?」

「すっげえ好きー。クソガキの泣き顔とかゾクゾクすんじゃん」


 そっとサーシャの頭をウェントスが抱え込む。豊満なバストに顔が沈んだが、サーシャは今それどころではない。ダンジョンで作られたトラウマが掘り返される。


 奇跡的に迷子のイグニスと合流したサーシャは、突然イグニスにより魔物の巣窟に放られたのだ。

 イグニスにとってちょっと驚かすだけだったそれはかなり効果が絶大で、野生児のサーシャが驚きのあまり泣き出してしまうほどだった。


『ちょ、やだやだ。イグニス、イグニス!』

『…………うわ』

『助けてください! 手を塞がれて、むぐッ』

『やーだ。もうちょい、その顔見せて』

『んんん〜』


 放った先は芋虫の巣である。拳大の芋虫が壺型の巣の中で蠢き、サーシャはその中にズブズブと体を飲み込まれていく。

 口からは触手が伸び、餌が来たのだとサーシャの体へと巻きついていった。切れた衣服の間からも小さき体が侵入する。


 全身を這い回る、悪寒を伴う感覚にサーシャは限界を伝えた。その口の中にも芋虫が飛び込み、吐き気を催す。

 森で暮らしていたサーシャは芋虫ごとき苦手ではなかった。ただこの時までは。


『サーシャ』

『…………』

『もっと泣いてみろよ。オレだけを見て』


 その瞬間記憶の再生が終わる。


「あーあ、いいとこなのになー」


と、イグニスがジロリとルーナを睨んだ。


 あの後、偶然ルーナも合流してイグニスを渾身の力で殴ったのだ。ルーナが暴力を振るうのを初めて見た。

 すぐにルーナによって助け出されたが、その身に受けた悪寒はずっと体に止まっている。後にウェントスの聖域で受ける触手攻撃はまだ可愛いものだった。


 イグニスが自分を嫌っているのは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 時折掌を返したように気まぐれに優しいが、基本は自分を殺したいと思っている。無理に拘束されたのだから無理はないが。


 この件もあって、サーシャはイグニスに胸襟を開ききることはできない。そのうち飽きたらどこかに行くだろうし、出来れば早く行って欲しくもある。

 拘束しているとは言え、サーシャからイグニスを呼ぶことは絶対にないのだから。


「解放する方法、調べてみる」

「急にどうしたの? 大丈夫?」

「イグニスの顔、見たくない」

「あら、……あらあら〜」


「はぁ?」と眉を顰めたイグニスにサーシャは背を向けた。


 あの時は必死すぎて流してしまったが、こうして「幸せな思い出」というカテゴリーに振り分けられた事実にサーシャは少なからずショックを受けていた。


 恨まれている自覚はあったが少しは仲良くなったと思ったのに。

 裏切られたような気持ちに心臓が苦しくなってくる。サーシャ自身イグニスの地位が少なからず上がっていたことに自覚はない。


 不機嫌にサーシャを追うイグニスに、「好きだからって苛めるのは子供のすることよ〜」と、ウェントスはアドバイスを投げた。

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