51. 神たちの遊び
Aクラスの残った仕事はBクラスが請負った。
素材を運んで倒れたAクラスに変わり、レシピに乗っ取った研究成果は無事に王命を果たすことができたらしい。
殺伐とした雰囲気の学園は、危機を脱し、落ち着いた空気が流れ出した。
園外学習が通常通り行われる、やっと学園本来の姿を取り戻しつつあった。
「サーシャ」
「ん」
教室に向かって歩いていると、ルーナが腕を掴んだ。高等部塔の窓から外へ目を向けて面白そうに笑っている。
ルーナの視線を追うと、中等部の学び場である隣の塔へと行き着く。
その出入り口でバタバタと走り回る教師たちの姿が見えた。慌てた蟻にも見える動きにルーナは笑ったのか?
いや、そうではない。
「楽しそうな気配がする」
「気配?」
「サーシャには分からないかな。ちょっと見てこよう」
「ルーナが魔術師に興味を持つなんて珍しいね〜」
「ふふ」
ルーナと共に隣の塔へと向かうと、中等部の入り口でイグニスとウェントスと顔を合わせた。
「お、クソガキも来たか」
「サーシャちゃんも分かったの?」
「俺じゃなくてルーナが。何があるの?」
「見てのお楽しみだ。行こう」
三人の精霊神は楽しそうに中等部塔へと入って行った。
皆気配を断っているため、行き交う教師はサーシャに「邪魔だ」と睨みつけるのみ。早くルートヴィヒに羽衣を返してもらわないと。
忙しなく走り回る大人の間を掻い潜ってルーナの後に続くと、何だか甘い匂いが香ってきた。階を登るほどにその匂いは芳しく香り、蜜に誘われる蝶のように皆々フラフラと足を進める。
いや、フラフラしているのは生徒だけだ。
精霊神たちは己の意思でしっかりと進んでいるし、教師は向かう生徒の肩を揺さぶって正気に戻そうとしている。
……正気?
ふとサーシャは感じた違和感を反芻する。
中等部の子供たちは皆目が虚ろに濁っているように見える。足元が覚束なく、一定方向に進む者、あるいはその場で倒れてしまう者までいる。
教師は生徒らの介抱に回り何やら魔術をかけているが成果はないようだ。
よく見ると魔力切れを起こしたルートヴィヒに似ている。
虚ろに見える子供らは全員眠いのだ。眠気に誘われ夢遊病さながらに歩き回り、そして倒れて眠ってしまう。その寝顔は頬を染めて幸せそうだ。廊下に折り重なって眠る子供を見て、サーシャたちは先に進む。
「みんな眠いんだね。この香りは安眠に誘うのかな?」
「うん。サーシャも眠くなってこない?」
「言われてみると、少し」
香りが増すと共に体温が上がってきた気がする。ポカポカした身体は何だか心地良く、ベッドに潜ればすぐに眠れそうだ。
うとうとし始める頭を振ると、イグニスからデコピンが飛んできた。本人は軽いつもりなのだろうがかなり痛い。石が眉間に当たったように目の前に火花が飛び散り眠気が吹っ飛ぶ。
「ちっとは我慢しろ。後でたっぷり寝かせてやっから」
赤くなった眉間を擦りながらサーシャは頷いた。
三人について行くと、着いた先は教室の一室である。甘い香りは十分なほど強く、手の甲をギュっと抓っていないと瞬く間に眠ってしまいそうだ。
強い眠気を必死に振り払いながら、サーシャは教室の中を覗く。
百人を超える子供が一部屋に集まり、皆々肩を寄せ合いながら所狭しと眠っている。ふっくらとした頬はやはり幸せそうに微笑みを作っていた。
生徒を周りに囲うようにして中心に何かがいる。はじめは布の塊かと思ったが、可愛らしい黒い子豚だ。
サーシャは子豚の正体を以前本で読んだことがあった。あれはバクという妖精だ。本で見た挿絵とだいぶ印象は違うが。バクは悪夢を好物にしており度々人間の元に現れる。
ということは、幸せそうな顔で眠る子供が見ている夢は悪夢なのだろうか?
悪夢に釣られてバクがここにいる。生徒の真ん中だけでなく、教卓の下、窓の外にもその姿が見え、続々と仲間が集まっているようだ。
「サーシャ、おいで」
「この辺りで寝るぞ」
「寒くないかしら? ぎゅうってする?」
人の密集地から僅かに離れた教室の一角、天井の隅に就寝スペースを陣取り、神たちが手招いた。彼らは浮いたまま寝れるだろうが、自分には無理な芸当だ。真下に座り、曲げた足を腕で抱く。やっぱりいい感じに眠い。もう眠れそうだ。
不意に上から手が伸びてきた。
「そこじゃ波長が合わない。こっち」
「ん、どういうこと?」
「クソガキはこっちに座れ。オレの方が安定すんだろ」
あぐらをかいたイグニスの膝に誘導されて、サーシャはその上に座る。妥当な位置だと、ルーナもウェントスも頷いた。
其々横になったり座ったりと、好きな態勢で目を閉じる。
イグニスの膝の上は安定こそすれ、正直痛い。石の上に座っているようでとても寝るとか考えられない。
しかしイグニスも瞳を閉じて寝に入っているので声をかけるのも悪い。
我慢して目を瞑った。




