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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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50. ルートヴィヒ強化


 かけていい言葉が見つからずサーシャは目を伏せた。不意にサーシャの目の前に立つウェントスが意味ありげに笑う。


「あ、それよりウェントス見てみて。ルートヴィヒのとこ行くって言ったら彼女も会いたいって」

「ウェントス? ……あの精霊神が、なんだ?」


 急な話の転換にルートヴィヒが眉を寄せる。

 目の前のウェントスに目を向けずサーシャの言葉の意味を探る。その反応を見て、サーシャは首を傾げた。自分にははっきりと見えているのに、これはまさか。


「ウェントス。もしかして気配消してる?」

「あら、うっかりしてたわ。……ジャ〜ン! これで見えるかしら?」


 サーシャには変化が分からなかったが、ルートヴィヒの目には突然虚空から女性が現れたように見えた。両腕をYの字に掲げ、スーパースターさながらにその肢体を白日の元に晒す。


「貴族のお客様は裸を嫌っていたから。熱い期待に応えて服を着てみたわ〜」

「…………」

「どう? 似合うかしら?」


 元々ウェントスは裸に近いだけで裸ではなかった。布面積が極端に小さい衣服を纏っていた訳なので、ある意味裸より卑猥だった。

 恋人と二人だけの時ならばその着衣もありなのだろうが、大衆を目の前にあの格好はない。寧ろ極端に冷静になってしまう。


 ルートヴィヒの性癖をウェントスなりに解釈した結果この格好になった。確かに布面積は格段に上がった。しかし、とはいえ、とルートヴィヒは頭が痛くなる。


「なんで、メイド服なんだ」

「だって貴族のお客様相手ですもの。こういうのお好きでしょ? それとも寧ろ見慣れすぎてて新鮮味にかけちゃう?」

「なるほど」

「おい、何でサーシャが納得してるんだ。そんな訳ないだろう」


 ウェントスは端的に言うとメイド服を着ている。

 臀部すれすれの丈にフリルが揺れ、柔らかな太ももが伸びている。胸囲は形がわかるように絞りが入り、やはり服を着ていると言うのに体の形がわかってしまう。

 ルートヴィヒはらしくなく必死の弁解を始める。何も落ち度はないのに。


「私の周りにこんな下品な女性はいない。そもそも婚約者でもないのに手をかけるわけがないだろう」

「あらあら、真面目ねぇ」

「大体サーシャも品性を疑われかねんぞ。こんな女性を隣に侍らせておくなど」

「え、そうなの?」

「サーシャちゃんはつるぺた好きだから分からないわよねぇ。普通の男性なら私の肢体でイチコロなのよ」

「ちょっと待てサーシャ。犯罪はいけない。恋愛は相応の年長者と」

「いやいや、ちょっと待って。何の話してんの?」


 何故かサーシャにまで飛び火してきたので、慌てて消火活動に入る。

 別に年少者が好きなのではなくてウェントスの肢体が痛そうに見える、と言っただけだ。更に言えば何故あの肉の塊をあえてきつい布で押さえつけてしまうのか理解できない。もっとゆったりとした服を着た方がいいと思った。

 趣味がどうこうなどと言った覚えはない。


「うふふ、男の子が慌てる姿ってやっぱり良いわねぇ」


 ウェントスが愉快そうに笑ったので、揃って黙った。揶揄われていたのだ。低レベルな言い合いに恥を感じ、ルートヴィヒは小さく咳払いをする。


「それで、あなたは何の用だ。船を飛ばしてくれた謝礼を希望しているのなら丁重に辞退したいが」

「別にお礼なんて良いわよ〜。そうじゃなくて、ほら、貴族のお客様もサーシャちゃんに劣らず美味しそうな魔力を持っているじゃない? 味見させてもらえないかと思って」

「どう言う意味だ。魔石に吸わせたいと言うのなら論外だ。今更死ぬ気はない」

「あら、私だって今更殺したりしないわ。人間にはわかりづらい表現だったかしら?」


 真っ赤な唇が弧を描く。

 形の良い笑みに男性ならば皆目を奪われるだろう。本性を知っているルートヴィヒには胡散臭さ全開に見えたが。


 体勢を変えられないルートヴィヒの膝にウェントスが跨る。貴族は嫌そうに眉を寄せたが、そこで振り払わないところが紳士。

 意に削ぐわない相手でも、女性相手に手荒なことはしないのだ。


「ねえ、貴族のお客様の名前を呼んでも良いかしら? 私、これでもお客様を気に入ってるのよ。いつまでもお客様だなんて他人行儀でしょ?」

「他人なのだから問題はない。だが確かにその呼び方だと煩わしいな。ルートヴィヒだ、好きに呼ぶと良い」

「嬉しいわ。私はウェントス。呼んでみて」

「ウェントス」

「ルートヴィヒ」


 見つめ合う二人の間に突如光が走った。事態が分からず目を見開くルートヴィヒと嬉しそうに笑うウェントス。


 光は互いの心臓を繋ぎ、体を大きな膜で包んだかと思うと膜ごと体に詰め込むように体内へ収縮していく。無理やり己のものではない魔力を圧縮させられたルートヴィヒは苦しげに眉を寄せるが為す術もない。全ての魔力が体に入り、やっと息がつげるようになってきた。


「……ふ、なんだ、今のは」

「うふふ、ルートヴィヒちゃんとは相性ばっちりだったわね。今のは精霊の作法で行われた契約よ。光栄に思いなさい」

「な」


 サーシャには出来なかった契約をルートヴィヒはあっさりとやってのけた。本人の意思ではなく、素質そのものが風精霊との契約を締結させたのだ。

 これこそ適正100の賜物だ。サーシャは素直に感心した。


「風属性は治癒魔法も得意とするのよ。試してみたら?」

「突然出来るわけが。……なるほど、そう言うことか」


 始めウェントスの言葉の意味を飲み込めなかったルートヴィヒだが、サーシャを見た途端納得したように頷いた。


 徐に手のひらを自分の胸に起き魔力を込める。淡い光が放たれ脈動に沿って光が全身を撫でていく。全てを周りきると光の行進は手のひらへと戻っていった。


 小さく呟いて、ルートヴィヒはソファーから真っ直ぐに立ち上がる。

 先ほどまで機能していなかった足が嘘のようだ。ガウンの下から包帯を引っ張り出し怪我の具合を見る。

 怪我が綺麗に消えていて、元より健康体であったかのよう。


「そうか、魔法とはこう言う感覚か。魔術陣などは要らないのだな」

「出来ることわかるでしょう? 人間のように媒介は必要ないの。感覚的にバーンとやってガーンよ」

「サーシャも前にそう言っていた。便利なものだ、な?」


 しっかり立ち上がっていたルートヴィヒの足が突然もつれる。立つ力が失われ、ソファーに座っていたサーシャの上に倒れてきた。


 サーシャは不思議に思いながらも手を差し伸べ、ルートヴィヒもサーシャを下敷きにしないように思わず体を反転させた。抱き合うような形でソファーに二人は倒れ、互いに顔を見合わせる。


「どうしたの?」

「すまない。急に力が」


 ルートヴィヒの指先が小さく震え、目の奥に眠気が押し寄せてくるのが見えた。魔力切れの症状だ。ルートヴィヒ越しにウェントスを見ると、彼女は形のいい唇から僅かに舌を出す。


「神の魔法ですもの。人間が使えばこうなるのは当たり前よね」


「死なないだけやはり素質はあるわ」と付け加えてニコニコと笑う。

 

 ルートヴィヒに大丈夫かと聞いて背中を叩くと、首に回される手に力が入った。

 呼吸が浅い。ベッドに運ぶためそのまま抱っこしてサーシャは立ち上がったが、思いの外重くて上手く運べない。身長は似たようなものなのに。


「サーシャ」


 耳元でルートヴィヒの声がしてそちらを向くと、視界に小麦色の腕が横切った。ルートヴィヒの襟を掴むと、軽々とベッドへと放り投げる。


 名前を呼んだ時点でルートヴィヒは気を失ったようだ。ベッドに倒れた少年はそのまま一言も発せず動きを見せない。


「ダッサ、あんなんで魔力切れとか」


 実はずっと後ろにいたイグニスが悪態をつく。ルートヴィヒは反応を示していなかったので、二人共気配を消していたのだ。ルーナも勿論一緒にいた。


「精霊神の魔力ってそれだけ凄いってことなんだね」

「サーシャの方が相性いいと思ってたけど、意外だな」

「そうかな? 妥当な結果だと思うけど」


 ルートヴィヒの呼吸を確認して、布団をかける。いつしか寝息に変わった呼吸は安定しており大丈夫そうだ。静かに部屋を出て扉を閉める。


 ウェントスが機嫌良く腰を振って歩くのに気付き、サーシャはウェントスの意図を察した。

 ルートヴィヒが好きなのは本当で、怪我をさせたお詫びがしたかったのだろう。軽微な怪我ならウェントス自身が治せばいいが、ルートヴィヒの希望は全関係者の回復だ。


 情の無い人間に手をかける訳もない彼女は、ルートヴィヒに力を与えることによって間接的に彼らを助けたのだろう。

 精霊神と契約を結んだルートヴィヒが全員に全快魔法をかけることは想像にた易い。魔法をかけるたびに倒れたとしても、責任感ある彼はきっとそうする。


 振り返って微笑むウェントスにサーシャも揃って微笑んだ。

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