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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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48. ガイアの胎内


 真っ暗な闇の中で誰かが会話しているのが聞こえた。


 ふわふわと意識が漂う漆黒の海で、優しく包んでくれる暖かな手のひらを感じる。

 ゆったりと目を開けるとサーシャは全身湯の中に沈んでいた。周囲は暗いが、目が慣れてくるとサーシャを囲んで魔法陣が張り巡らされているのが見えた。

 息をするように魔法陣が明暗を繰り返し、複雑な術式をサーシャは指でなぞる。口の中から気泡が溢れ、自分がどこにいるのか分かった。


 外観は見たことあるけど、内装ってこうなってるんだな。


 ここはガイアの胎内である。

 ガガ渓谷付近にガイアの翁が鎮座しており、以前ルーナやイグニスと訪問したことがある。当時の目的はガイアではなく、呑気な散歩であったが、偶然出会った翁と楽しくおしゃべりをした。


 ガイアは大地を司る精霊であり、地上のあらゆることを知覚していた。知覚するのみで自発的に作用することはない。また、ガイアは訪問者の治癒の役割を担っていた。

 ガイアから突き出る蕾の中は暖かな羊水で満たされており、瀕死の動物がその蕾に飲み込まれるのを見た。あの中に入るとあらゆる病や怪我が瞬く間に回復するという。今、自分はその中にいる。


 サーシャは蕾の中から起床の意味を込めて軽くノックをした。合図を確認した魔法陣が光を放つのを止め、何重にも重なる花びらをゆっくりと開いていく。

 ザバン、と水が蕾から流れ落ちてサーシャは冷たい外気に身震いした。着衣しているものが無く、濡れた体には森の爽やかな空気が刺さる。


「おはよう」


 優しい腕が伸びてきて、サーシャは真っ白な布に包まれた。柔らかで暖かな体温を感じて、寝起きの気だるい体を相手に預ける。


「ルーナ。助けてくれたんだね〜」

「お疲れ様。もう痛いところはない?」

「大丈夫」


 手のひらが額にあたりそのまま優しく撫でられる。蕾の中にいた時もずっと撫でていてくれたのだろう。精神体だからこそ出来る芸当にサーシャは知らず安心のあまり力を抜いた。


 昔からルーナは母親のように愛情たっぷりに自分に接してくれる。

 ルーナの後ろに立っているイグニスとウェントスと目が合う。二人は話し中だったようで、サーシャの無事を確認した後すぐに会話に戻った。


「私のかと思ったのに、もう先約がいたなんてがっかりだわ」

「悪いな。クソガキはオレが手つき済だ。てめえの役割を果たしたらさっさと出てけ」

「下品ね。そもそもまだ時期じゃないでしょう。(イグニス)こそもう用済みに近いのでは?」

「用も何も終わってねーよ。全部これからだ」

「ほら、やっぱりこれからじゃない。それにあの子に一番近いのは」


 静かに見つめあって何事か話す彼らはなかなかいい雰囲気だ。波長が合っている。こっちのパターンでも子が見てみたいとサーシャは思ったが、「子作りは戯言だったかな?」と思い込みを修正した。


 ルーナがせっせと身支度を整えてくれている。血に染まった衣服は新品のように純白になっていた。ルーナからそれを受け取り袖を通した。

 濡れた髪も風を吹かせて乾燥させると、ルーナがいつものように結ってくれる。なんだか久しぶりのような感覚にくすぐったくて笑みが零れる。


「俺、どのくらい寝てたのかな?」

「一週間くらいかな。怪我が酷くてちょっと時間がかかった」

「そんなに? 学園のみんなは?」


 よもやサーシャのことなど待ってはいないだろうが、ルートヴィヒの怪我が頭を過った。彼もまた重傷で体中切り刻まれている。皮一枚で繋がっている部位もあるくらいだ。


「黒髪のお客様なら、私が船もろとも学園とやらに送ったわ」

「ウェントスが? ありがと〜」

「急いでいると言っていたから最速の風で飛ばしてあげたの、うふふ」


 楽しそうに笑うウェントスがサーシャの問いに答えた。意味深な笑いが気になる。ルーナを見ると、こちらは興味がなさそうに「なんでもないよ」と返すのみ。


「クソ女が加減知らずに飛ばしやがったから、船がボロボロ壊れていってんの。確かにあれは笑えた」

「ちょっと潰れたちゃったかも。人間のことなんてよくわからないもの」


 理解できずにいたらルーナがこともなげに言う。


「学園には施療塔があるから大丈夫でしょ」


 と心配など一切ない声色で言ってのけた。

 確かにそうなのでサーシャも頷く。加速度に耐えきれず転んでも多少の擦り傷ができるくらいだろう。ちょっと強硬だったかもしれないが少しの怪我ならば治療して何とかなるだろう。


「それに、黒髪のお客様には飛ばす前に全て事情をお話ししたし。寧ろお客様のことをよろしく頼むってお願いされたくらいよ」

「ん」


 ウェントスがサーシャの首へと手を伸ばす。少し曲がった襟を直してくれた。


「そういえば、もうお客様じゃないから名前で呼んでくれる? ルートヴィヒもお客様だから文脈わかりづらいし」

「あら、いいの?」


 ルーナとイグニスの視線が何故か突き刺さった。訳がわからなかったので視線を流してそのまま続ける。


「ちゃんとした自己紹介まだだったね。サーシャ、だよ。改めてよろしくね」

「サーシャちゃんね。私はウェントス。風って意味よ。……ね、名前呼んでくれる?」

「ウェントス」

「サーシャちゃん、うふふ」


 首に手が回り、顔がくっつきそうなくらい接近した。言われるがまま名前を呼び合ったがやはり何も起こらない。

 ウェントスは自らの変化を確かめるようにサーシャへと体を寄せたが、そちらも変化はなかったようでため息に似た笑みを漏らした。

 すかさずイグニスがサーシャの肩を乱暴に引っ張ってウェントスと距離を置いた。


「てめえとも相性悪いじゃん。ダッセー」

「相性なんて、いくらでも色は変えられるわ。そういう(イグニス)はサーシャちゃんと融合出来る色を見つけられたの?」

「クソガキのがヘタクソなんだよ」


「いい加減オレに合わせろ」と背中を蹴られて、蹴られた先でルーナが支えてくれた。


 精霊神の話はやっぱり人間には難しい。何を話しているかわからないが、自分の至らなさが良くないというのだけはわかった。

 もっとちゃんと勉強しよう。

 ルーナは他と温度差があり、労わるように頭を撫でてくれた。最近子供扱いが酷い気がする。


「隣国に長居したかな?」


 身体も回復したことだしと、サーシャはガイアを見上げる。

 ガイアは広大な大地を切り取ったような、斜面一面に存在している。ガイアと人間の大きさは園庭の砂山と蟻くらいに差があり、正確な位置で顔を見ることはできない。

 大体の雰囲気でサーシャはガイアへと声をかけた。


「お爺ちゃん、ありがと〜。元気になった」

『坊やはもう行ってしまうのかい』

「もう子供じゃないよ。今度はゆっくり来るね〜」

『人間など幾つになっても赤子同然じゃ。愛しい坊や、我はずっと待っておるぞ』

「うん、またね」


 ガイアの岩石で作られた手のひらからサーシャは飛び降りる。痛いところもないし、極めて快調だ。


 ルーナに手を取られ、サーシャはその手を握る。

 学園まで空間魔法で移動してくれるのだろう。

 精霊によって移動魔法の種類が違う。空間魔法で切り取って移動するルーナの方法が一番早いので、サーシャは空いている手をウェントスたちに伸ばした。

 しかし。


「僕らは僕らで帰るから」

「え?」


 ガイアの森とサーシャの立っている場所とで漆黒のシャッターが降ろされた。


 シャッターが降りきる瞬間、向こう側で渋い顔をするのが見えた。自分たちだけ楽してずるいと思っているのだろう。実際にその通りだ。

 何故意地悪をするのかとルーナに聞くと、「そろそろ僕にも優しくして欲しい」と明後日の方向から返答が返された。


 どういう意味かサーシャは悩み、手を繋いで暗闇を歩きながらふとした事を思い出す。

 ここ数日、なんやかんやでルーナと静かに過ごしていない気がする。まさかそんなことでいじけているわけでもないだろうが、他に思いつかなかった。


「どっか、寄り道して帰ろうか?」

「どこに?」

「シェラド遺跡で宝探しとか? 珍しい機械人形が出るって」

「サーシャとならどこへでも」


 腰を抱かれて、暗闇の中に突然開いた穴の中へと飛び込む。


 落下しながらルーナへと目を向けると、嬉しそうに微笑む銀色と目があった。

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