47. 気まぐれな彼女
「私も一緒に行くわ」
突然の掌返しに少年たちは戸惑った。
帰るだけで良かったのだが、何を思ったのかウェントスはサーシャの首に巻き付いたまま離れようとしない。
だんだん見慣れてきた裸体にルートヴィヒは顔を顰めた。見慣れてくるとセクシーというよりも下品だ。早く服を着ろ、と唇を歪ませる。
「主様という人はいいの?」
「あの方ならずっと帰ってきていないわ。もう何百年も待っているのに。入れ違いになっても、多少の待ち時間は許されると思わない?」
「そんなに待ってるんだ……」
イグニスにも長らく待っている大切な人がいる。
こんなに長く待たせるいい加減さになんだか同一人物のような気がしてきた。
精霊とは随分と健気な種族である。
「あれ? でもこの聖域の入り口にいた時、主様が喜ぶ的なこと言ってなかった? てっきりここに一緒にいるものだと」
「あれはお客様方の魔力を魔石に吸わせようと。力を得た魔石をプレゼントすれば主様が喜ぶでしょう?」
「なるほど」
「初めから殺すつもりだったのか」
うふふ、と悪びれもなくウェントスは笑う。主様に心を傾けているウェントスがそういう手法で忠義を示すのはなんとなく理解できてサーシャは納得した。
今まで隙のありそうな人間を「お客様」と称して捕獲し、魔石に吸わせていたのだ。その魅力的な肢体で男を誘い、聖域の糧としてきた。
となると子を成したいという動機が今になって怪しくなってくる。
あれは単なる虚言だったのだろうか。女性に対し掘り返すのも微妙な話題なのでサーシャはあまり考えないことにした。
同性のルーナ相手ならば躊躇なく聞くことができたであろうが。イグニスは相手にしてくれなそうなので除外する。
「あと私、実は人間が区分している妖精という種族じゃないの」
「そうなの?」
「風の精霊神よ〜。うふふ、光栄に思いなさいね」
「確かにウェントスは他の妖精と比べて体のサイズ違うもんね。魔力量の差かな」
「あら。呑気なお客様はちっとも驚かないわねぇ。そっちの黒髪の方とは違って。規格外すぎて対応方法が分からないわぁ」
うふふ、と面白そうに笑ってウェントスはサーシャの耳に口元を寄せた。内緒話でもするように声色を優しく変える。
「だからゆっくりお話をしましょう。知りたいことが沢山あるわ」
「俺も。精霊って不思議がいっぱいだよね〜」
「こんなに知っているお客様が知りたいことって何かしら? なんでも聞いてね」
言いながら、ウェントスがスカートを引き寄せるように周囲の風の流れを己に手繰り寄せた。周囲の景色が歪む。森の景色が風の合間の中で切り裂かれ、一瞬体が浮いたかと思うと、気づいたらニ人は船の甲板に立っていた。
船の下では生徒たちが警戒しながら待機している。ルートヴィヒの帰りを待っているのだとわかり、サーシャは隣のルートヴィヒへと目をやった。
突然の帰還にルートヴィヒはやや混乱しているが、しかしやるべきことは何かの優先順位をつけた貴族はすぐに行動に出た。
「私にもあとで説明を」と手短に言い、ルートヴィヒは船外の生徒たちに帰還の声をかけた。いつの間にか船の中にいるルートヴィヒに、学園の者は喜びの声をあげる。
サーシャが目にした光景はそれで最後だった。




