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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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1. 魔術師学園入園式


「入学おめでとー」

「やったー、うれしー、ありがとー」


 言葉とは裏腹に一切の感情もこもらない棒読みが喧噪の中で掻き消された。



 遡ること、数ヶ月前。

 届いた入園案内の封書の中には入園にあたり準備するもの、記入すべき書類、事前課題がどっさりと入っていた。

 何故サーシャへ届いたのか心当たりがないので手違いだろう。郵便社に誤送だと送り返そうか首を捻っていたら封筒からひらりとカードが落ちてきた。


「お〜」


 図書館のカードである。

 カードを裏返すとサーシャの名と共に鹿の紋様が刻まれていた。事前課題を取り組むにあたり図書館を利用しろ、と付箋が貼られている。一緒に覗き込んでいたルーナに目を向けると、ご自由に、と視線だけで返された。



 と、そんな経緯でサーシャは魔術師学園への入園を決めたのだが、初日にして既に心身共に疲れていた。


 魔術師学園は街の中心に位置する。

 キノコを連想する丸い傘をかぶった大きな建物が敷地奥に鎮座し、今いる大楼門から一キロほどはありそうなのにその存在感はかなりのデカさを植え付けた。

 大楼門を潜ると中央に水路が走り東西南北から流れてくるそれは、中心で噴水になって人々を楽しませる。前庭になっているのだ。


 一般客も行き交う前庭は入園者とその両親、親族でごった返している。泣いて喜ぶ面々をサーシャは不思議そうに眺め、疲れた足をそのまま曲げた。


「もう帰りたい」

「不安なの?」

「姉さんたちとのお別れ会、疲れた。頭クラクラする」


 薄く笑うルーナを見上げて、サーシャは額を拭った。

 当初入園を反対していた姉だが、ルーナと一緒なら良いと言い、気が変わらないうちにと入園準備を進めた。

 それでも寂しく思ったのかお別れの会を開いてくれたのだ。


 帰ろうと思えば帰れるのだから大袈裟だと思ったけれど、ようは気持ちの問題なのだろう。

 姉に言われるがまま明け方まで付き合ったので今猛烈に眠い。最後に街まで魔法で飛んだのがトドメとなった。多少魔法が使えるようになったサーシャだが、己の力の限界を知らない。


「もう寝る。ルーナ様、運んでください」

「バカだね。ほら、手出して」


 悪態をつきながらも手を差し伸べてくれる銀色の子供が天使に見える。手が触れるか触れないかの距離になって、突如背後から腕を乱暴に持ち上げられた。

 とんがり帽を目深にかぶり、黒いローブに体を覆ったその姿は学園の関係者だと存在で告げる。


「何をしている。もう受付は始まっているぞ。だらしない」


 周りを見渡すと、賑やかだと思っていた群衆の中から子供の姿だけが消えている。大人たちは神妙な顔をして巨大なキノコ型の建物へと手を合わせ祈っていた。

 子供は皆そこに向かっている。サーシャは強引に手を引かれバランスを崩した。


「ちょ、ちょっと待って」

「何だ、具合が悪いのか。こんなハレの日に体調管理も出来ないなど愚かだ」


 盛大に眉間に皺を入れながら「順番になったら立てよ」と、男はサーシャを抱える。がっしりと安定感のある腕に抱えられ、下を見下ろすとルーナの呆れた視線と交わる。


 子供の列の最後尾に並び、サーシャたちは建物の中に入る。

 天井は吹き抜けになっていて途方も無いくらい遠い。一階は大きな講堂になっており、両サイドに在園生が所狭しと椅子に座る。中央に新入生が列を作っていた。

 列は壇上の大きな時計に向かって伸びており、子が掌を掲げると時計の針が周り、出た値を時計の隣にいる審判が読み上げる。その値に一喜一憂しながら新入生は壇上から降り階下の群衆に紛れていった。


「何をしているのかな」

「知らない」


 問うと、当然のように興味皆無の答えがルーナより返され、代わりに男が答えた。


「あれは生徒の魔力量と質を計測しているのだ。時計の針が動いた角度が大きいほど優秀とされ、数値ごとに非凡なAから凡才のFのクラスにランク分けされるのだ。というか何故知らない。入園案内に書いてあっただろう。いつまでも子供気分では困る」


 くどくど説教が続く男の話を半分に聞きながら、サーシャたちはヒソヒソと笑いあう。


「見て。時計の文字盤がおじさんの顔だ」

「フフ、変な顔。あ、こっち見た」

「ルーナが変な顔って言ったから怒ったんじゃない」

「うっそ。地獄耳だね」


 そうこうしているとサーシャまであと数人になり体を下に降ろされる。まだ足に力が入らない。ルーナと手を繋ぎながら十段ほどある階段の下で順番を待っていると、──突如歓声が上がった。


「ルートヴィヒ、適正100! Aクラスへ」


 壇上から興奮した声がして、更なる歓声が追随して湧き上がる。歓声で講堂が揺れんばかりだ。

 ついでにサーシャの頭もぐわんぐわんと揺れだしたのでルーナがその耳を抑える。


「適正100なんて初代学園長以来だ」

「初めてこんな数字を見た」

「この場にいて良かった……」


 各所から賞賛の声が投げられ、壇上の子供はその場を離れAクラスの列に並ぶ。

 その後は「適正20」「15」「33」と続き、歓声はあっという間に色をなくしていった。聞くに20~30位が主なのでそのあたりが平均なのだろう。

 ついにサーシャの番になり、前の子供たちに倣って掌を時計に向かって掲げる。


 その瞬間しん、と講堂が静まり返った。審判は先までの厳格な顔を崩し、驚きを露わに時計を見直す。

 素で驚いた顔が面白い。なんて考えているのは時計の前の子供二人くらいだ。


「え、え~と……、サーシャ、適正ゼロ。……Fクラスへ」


 ピクリとも動かない針に、そして適正ゼロの判定に、先とは打って変わって嘲笑の渦が溢れた。

 聞くに耐えない罵倒が飛ぶのを周囲の大人が顔を顰めながら静止する。紙くずが各所から飛んできて、気づいたルーナが指で弾いた。


 嘲笑と揶揄の中心の中で、サーシャは場違いに当事者ではない顔で首を傾げる。さらりと編んだ髪が流れる。

 周囲をくるりと見回した後、足取り緩やかに階段を降りてFクラスに混じった。いたって普通の態度に逆に周囲が動揺するほどだ。


 サーシャ自身、自分に適性がないことは分かりきっていた。魔法はルーナや姉の方がずっと上手い。事前課題も意味不明で今も尚、真っ白な出来栄えだ。

 そもそも手紙の手違いが発端であるのだから適性の有無などどうでも良いことだった。ただ図書館さえ利用できれば。


 急に宝石の中に混じった異物のような扱いを受けながらも、サーシャの入園式は粛々と進んでいった。

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