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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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43. 見解の違い


 その後も状態異常の罠は続く。


 木々が開けている所は空を飛び、飛べるほどスペースのないところはルートヴィヒが適度な火力で罠を焼き払う。

 状態異常は睡眠、混乱、痺れ、魅了等様々であり、サーシャは落ち着いたら姉を連れて遊びに来ようと思った。


 いたずら好きの姉はこういうえげつない遊びが好きである。サーシャの住んでいた森でも似たような遊びをしていた。

 ただしこの森は実家と違い、回復薬が生えていないので予め準備が必要だが。


「サーシャ、平気か」

「ちょっと疲れたから休みたい」


 二日も通しで歩いているので正直疲れた。その旨素直に述べると、ルートヴィヒは自分のマントを草むらに敷き、サーシャに座るよう促す。何故か急に優しくなった貴族にサーシャは首を傾げる。


 元々優しくないわけではなかったが、ルートヴィヒは感情論抜きで非常に効率的な判断を行う。その判断によって他人が傷ついたとしても最低限の犠牲なのだから仕方がない、という価値観だ。

 先日だってサーシャを敵国の交渉役に利用した。そこで殺されようが捕虜になろうが構わない、という事だ。


 とは言え恨んでいる訳ではない。サーシャもルートヴィヒの考えは理解できるからだ。

 突き詰めれば、人間なんてみんな自分の利益を追い求めるもの。そこで自分に不利益があったとしたらその時対処できるようにすれば良い。サーシャは結構行き当たりばったり、対策不要に日々を過ごしている。




***********




「おいで。もう寝よう」

「今、何時だろうね? 確かに眠い」

「本当ならシャワーでも浴びたいところだが、あの触手が面倒だ」

「一日中動いてるからねー。汗臭くなってそー」

「いや、花の匂いしかしないな」


 しょんぼりと項垂れたサーシャにルートヴィヒが顔を近づける。

 不思議なことにサーシャもルートヴィヒも汗の匂いがしない。ほのかに花の甘い香りがするだけだ。


「なんでかな? 風がずっと吹いてるから汗かいてないのかな」

「そんなことは……。いや、そう言えば聖域だった。常識が通じない何かがあるのかもな」


 マントの上に仲良く転がる。風は吹いているが寒さはない。むしろ温風になった気がする。

 状態異常の宝庫の癖に、それ以外の待遇は抜群に良い。船のような心地いい空調のおかげで暑かったり寒かったりしない。


 どういう訳か空腹や喉の渇きも感じないので、大した不便もなく散歩は続いている。尤も、ルートヴィヒの方は食欲は無いものの、口寂しさは感じているので早く何か食べたいと思っているが。


「なんだ、それは」

「え? 今お姉さんがくれたよー」


 野生児がいつの間にか手にしている毛布。一体どこからどう取り出したというのだろう。

 彼は度々こういった可笑しな言動を取る。だいたい今ここに自分たちしかいない。ルートヴィヒは奇怪な現象に首を傾げる。


 説明がつかないのは聖域だからだろうか。貴族の少年は納得できない気持ちを飲み込めないまま、サーシャへと苦言を呈す。

 昨日今日の迂闊な行動が急に頭を過ぎった。


「君はもっと警戒すべきだ」

「ん? なんかあったっけ?」


 話の方向転換にサーシャは疑問に思いながら毛布を被り、ルートヴィヒに端を渡す。毛布をシェアしながらごろりと横になった。


「君の行動は危険なところが多すぎる。もっと周囲に目を向けるべきだ」

「例えば?」

「あの裸の女性の魔物とか、状態異常の罠とか」

「女性の魔物? なんのこと?」


 サーシャはますます分からず首をかしげる。ぐっとルートヴィヒへと距離を縮めた。ちゃんと話を聞こう、という姿勢の表れだ。


「船に突然現れた女性だ」

「あの人が?」

「それからサーシャの水浴び中にも現れて」

「んー? ちょっと待って」


 サーシャがやや怪訝そうな顔でルートヴィヒを覗き込む。言っている意味が飲み込めず歯切れの悪い返答をした。


「彼女は魔物じゃないよー」

「確かに聖域内だから魔物ではないだろう。先のは例えだ。しかし人外であるのだから妖か何か、未知の生き物だろう」

「未知って……。お姉さんは妖精だよ。教科書にも載ってるじゃん」

「…………」


 真上の枝木を見上げていたルートヴィヒは眉間にシワを寄せて横のサーシャを見返した。サーシャの瞳は奥底まで琥珀色に澄んでいて、嘘を言っているそれでは無い。純粋にそうだと信じている瞳だ。


 まさか、ここまで不勉強だとは思わなかった。


 呆れのあまりため息が出た。頬杖を突きながら寝そべりサーシャに教えを説く。


「いいか、サーシャ。妖精とは精霊の一種だ。目には見えない」

「え? だって教科書には手乗りサイズの妖精が描かれているの見たよ」

「サーシャの言う教科書とはお伽話の絵本の事だろう。あれは空想の話だ。いくらFクラスだからって虚偽を教えるなんて学園の教育制度はどうなってるんだ」


 後半は学園への批判で、眉のシワを深めながら毛布をサーシャへかけ直した。サーシャは腑に落ちない。


「精霊は種類によって区分分けをしているが、それは人間にとって都合のいいランク分けだ。目に見えないのは共通している」

「…………」

「精霊は小魔力、妖精は中魔力、妖精王は大魔力の思念体と続いていく。目に見えないから探査機を使うんだ。初等部の時合宿に行っただろう?」


 それには答えず、サーシャは首を傾げながらルートヴィヒへと手を伸ばした。

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