39. ご機嫌斜め
水浴びから戻ったサーシャを見て、学園の関係者は皆度肝を抜いた。
豊満な肢体を見せながら深緑色の髪を持つ麗しい女性がサーシャと共に歩いてくる。女性は衣服を持ち合わせていないのか、サーシャの布の服を羽織っていた。しかし布の服は薄いため服の上からでもその肢体のありようが詳細にわかる。
男子生徒は女性から目を離せない。
一方サーシャは衣服を貸してしまったので上半身裸だ。薄いがしっかりとした胸板が中性的な魅力を発揮し、水浴びで濡れた髪が頬に張り付き色っぽい。
女生徒はサーシャから目が離せなくなった。
そんな二人を見て教師の口が震える。明らかに情事後を匂わせるサーシャと女性に頬を赤らめて、精一杯の理性で以って目をそらした。大人として後ろめたさが半端ない。
サーシャが作業場にやって来て、ルートヴィヒを呼ぶ。昨日の女性を見つつも、サーシャに呼ばれたことでルートヴィヒは僅かに嬉しそうに口角を上げた。
「なんだ」
「かくかくしかじかで」
「…………」
瞬間、ルートヴィヒの機嫌が真っ逆さまに落ちるのを全生徒が目撃した。普段の柔らかい笑みを浮かべつつも内心はそうでないのがありありとわかる。のちに、サーシャは拘束術を存分に使った指導を受けるのだがここでは省略する。
サーシャの進言を華麗に流したルートヴィヒは、仄暗い闇を添えた瞳で女性へ目を向ける。
「服を用意するので着替えてほしい。このままではサーシャが風邪をひく」
「うふふ。そんなにその子が大事なのね」
「そうではなく、あなた方は風邪を引かないだろう」
「あら、黒髪のお客様は気づいていたのね〜」
「今気づいた。昨日と体つきが違う」
「……あらあら」
女性は雑な性分らしい。
そしてルートヴィヒもルートヴィヒで一度見た女性の体つきをよくぞ覚えているものだ。それだけで女性経験に困っていないことが知れる。サーシャは純粋に感心しながら、話題を変えた。
「ねえ。討伐も終わったことだし、ちょっと出かけられる?」
「どこにだ」
「船で誘われたじゃん。事が終わったら招待を受けるって〜」
「私は良いとは言っていない」
「なら俺だけ行ってくるよ〜」
「…………」
にこり、と。二人は笑い合うがルートヴィヒの方の笑顔が怖い、とAクラスは震え上がる。
普段から温和で滅多のことで怒りを露わにしない気品溢れる人が、今腹の底から怒っているのがわかる。事情はわからないが頼むからあまり機嫌を損ねてくれるな、生徒らの気持ちが一つになった。
ちらりとルートヴィヒは女性に目を向けて、諦めにも似たため息を吐く。
「一体何が目的なんだ。人外の考えることはよくわからない」
「滅多に来ないお客様におもてなしをしたいだけよ」
「サーシャを巻き込むな」
「そちらこそ、この子を巻き込んでるのではないのぉ?」
「…………」
両者の間に見えない火花が飛ぶのが周囲には見えた。しかし当然野生児は気づかない。
表面上二人は笑みを浮かべているので、「なんだ、相性ぴったりじゃん。あっさり子供できそ〜」と素っ頓狂なことを考えていた。貴族はその呑気な笑みを見て、一瞬顔を引き攣らせる。考えている事がわかり、「こんなアホを野放しにはできない」と心が固まる。
「サーシャが行くのなら私も行こう」
「元よりそのつもりだったわ。少し歩くからしっかりした準備をしてらっしゃい」
「私はこのままでいい。君はサーシャに服を返したまえ」
「もう、お気に入りの子にしか優しくないのね」
女性は少し膨れながらサーシャに服を返す。露わになった肢体に、ルートヴィヒはすかさず己のマントを被せた。
布のお化けのようになって頭の出る場所を探し、女性の顔がひょっこり現れる。
男子生徒が残念そうにわかりやすく目を濁らせた。厚手の外套を羽織ってしまってはもう体のラインがわからない。
「少し留守にする。ここはミーティ自治区外に位置する故、衝突はないだろう。貴殿らは残った鳥の処置を頼む」
「了解しました」
ルートヴィヒが指示を飛ばし、周囲が頷く。確かに位置的に危険はないだろう。
ロック鳥以外の魔物は下位の魔物のため生徒らでも十分倒せる。肝心のロック鳥は人間に恐怖し既に姿を消してしまった。
鳥の解体に二、三日はかかるだろう。それほど量が多すぎる。
サーシャは精霊神たちを探したが、やはり見つけることはできなかった。




