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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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38. 再会


 ほどなくしてロック鳥の死骸が山のように積み重なる。


 顔を引き攣らせる生徒らを脇目に、ルートヴィヒは手のひらの魔術陣を握り何もない空間を自分の元に引き寄せた。

 まるでリードを引くような仕草に、魔術が連動しているサーシャの体が空中で引っくり返った。同時に最後のロック鳥がサーシャの腑を引き裂こうとする。すれすれに避けたサーシャは態勢を崩したまま足を振り上げ、飛び去る鳥の脳天を踵で踏み潰した。


 火属性を乗せた踵落としに一溜まりもなく昇天したロック鳥を、そのまま生徒たちのいる湖畔に投げる。

 ロック鳥は半分ほどに数を減らしてしまった。残る半数はいきなり起こった大虐殺に怯え、反対側の岸に縮こまっている。それを確認してサーシャは、不用意に首を引っ張ったルートヴィヒに抗議の声をあげた。


「ちょっと。どうせ呼ぶならタイミング考えてよねー」

「悪い。サーシャ、戻ってこい。もう十分だ」


 ぐいっと魔術で構成された手綱を引き寄せて、サーシャは自分の意思を無視した引力に目を見開いた。抵抗も受け身もまともにとれずに湖畔の岸に落ちる。


「いたー、……くない?」

「おかえり」


 両手を広げたルートヴィヒの腕の中にすっぽりと収まり、そして女性にするように丁寧に地面に降ろされた。ルートヴィヒが飼い犬を褒めるようにサーシャの頭を撫でる。何とも言えない気持ちにサーシャは目を細めた。


「ご苦労様」

「うん、まあ楽しかった」


 サーシャがやや上空を見るとイグニスも結構楽しそうに戦っている。曰く、「オレツエー出来てサイコー」との事。火の精霊神イグニスもまた、かなりの数のロック鳥を消し炭へと蹂躙した。

 しかし神からの炎は祝福の炎である。この場では焼き殺されたが、いつかどこかで同じ生を受け生命としての宿命を全うするだろう。

 サーシャとイグニスのやっていることは決定的に違う。ちなみにルーナは応援しているだけだった。


「シャワーを浴びてくるといい。疲れたなら私のベッドを使え。部屋の鍵だ」

「折角湖あるんだから泳いで流してくるよ。それより鳥の処理って大変なの? 進んでないみたいだけど」


 ロック鳥の死骸の山はほとんど数を減らしていない。生徒たちは解体書を手にしながら四苦八苦にナイフを突き立てている。

 何となく近寄って手伝いを申し出ると、彼らはびくりと肩を揺らし、怯えたように口を震わせた。


「だ、大丈夫です。ゼロさんはお休みなってください……」

「ゼロさん?」


 いつもゼロと揶揄されていて、今回も怒鳴られるかと覚悟していたが想定外の返答に頭を捻る。敬称がつき、敬語になったので不思議に思う。尋ねるも生徒は震えるのみで話にならない。

 ルートヴィヒがサーシャの肩に手を置き、柔らかな微笑みを浮かべる。


「心臓を抜くのに手こずっているんだ。肋骨の位置が特殊でなかなかナイフが入らない」

「あ〜、網目状になってるもんね。あれ、左右で重なってるだけだから右を先に剥がすと楽だよ。俺も身を清めたら手伝うね〜」


 当然のようにロック鳥の構造を知っていて相槌を返すので、生徒はますますFクラスの何たるかがわからなくなる。サーシャと全く親しくしてこなかった為、皆々名前を呼ぶのにかなり抵抗があった。


 それ故、必要に迫らせて呼ばなければならなくなった時、咄嗟に出た呼び名が「ゼロさん」だった。

 揶揄の呼び名に敬称をつけるというアンバランスな構造に気持ちが疼くが、しかしそれ以外の名前で呼べない。ルートヴィヒのように「サーシャ」と、一生気軽に呼ぶことはできないだろう。




 生徒たちの作業場から少し離れた辺りでサーシャは血に濡れた衣服を脱いだ。

 ルーナとイグニスは汚れていないので二人はどこかで休んでいる。


 血は冷たい水でないと固まってしまい落ちない。そのまま湖に浸し、自分は湖面に飛び込む。ザブン、と音を立てて頭まで身を沈め、水中で砂を払うように血を拭っていく。サーシャの周りに赤黒い靄が生まれて、直ぐに水中に溶けていった。

 意外と深い湖は底が見えない。血の匂いに誘われて何かが這い上がってきそうな雰囲気を感じ、じっと底を見るが特に変化は無かった。


 代わりに水草がサーシャの足や腕に絡んでくる。

 水流に逆らい伸びてくるそれは明確に意思を持ち、こうやって水中に沈んだ餌を捕食しているのだろう。くるくると螺旋を描きながら上ってくるので割と擽ったい。

 膝まで伸びてきた時にはあまりの擽ったさに笑みが溢れ、口から泡がこぼれ出た。風魔法で水草を断ち切り、サーシャは一旦湖面に顔を出した。だんだん息が苦しくなってきた。


 ついでにやはり寒い。

 あらかたの汚れを払いサーシャは地上に出る。


「寒いー」

「なら温めましょうか?」


 気配なく柔らかな感触が背中に凭れかかった。

 振り向くと、昨日船にやって来た女性がサーシャの背後から体を密着させている。やはり彼女はほぼ全裸で、むしろそちらも服を着た方がいいと勧めたくなる。


「足音気づかなかった〜」

「こっそり忍び寄ったから。ね、用事終わったんでしょ? 少し遊びましょう」

「え」


 女性の力とは思えない腕力でサーシャの体は地面に押し倒される。その上に女性がのし掛かり、大きなバストがサーシャの目の前で揺れた。


 触れれば指が沈むほど柔らかいのだろうな、と思うも腕は伸びない。女性は誘うように微笑むが、サーシャは黙って瞳を閉じた。健全な青少年ならば上げ膳据え膳で事が進むシチュエーションにも関わらず、野生児はらしくなく怖がる。


「傷つけるようで悪いんだけど」

「何かしら?」

「大きい胸って苦手なんだよー。皮膚が突っ張って痛そうで怖くて。ごめんね」

「あらあら」


 意外そうに女性がサーシャから体を起こす。


「男性のお客様は大きい方を喜ぶから。ならこれでいいかしら」

「…………」


 女性が自分の胸を撫でると大きなバストが平らになる。ついでに腰や尻の肉付きも薄くなり少女のような体躯に変わった。深緑色の髪と瞳はそのままなのでかろうじて先ほどの女性の面影がある。


「じょ、情緒がない……」

「どう? 魅力的に見えるかしら?」


 うふふ、と笑う女性は元より正体を隠していたつもりは無かったようだ。

 敵国の兵士でないというのなら彼女は何者なのか。体を自由に分解し構築する魔法はイグニスで見た事がある。


「君は精霊だったんだね〜」

「うふふ、ご明察。でもちょっと補足するけど精霊の括りって人間が勝手に決めたものなの。精霊は精神体だから目に見えないモノ、精霊の中で肉体を持ったモノが妖精と呼ばれる種族よ。私のような、ね」

「あ、なるほど」


 ということは幼少期にサーシャと過ごした姉たちは妖精に分類されるのか。

 姉は姿を消したり現したり自由に出来た。今になってやっと彼女らの正体を知る。


 そういえば先日雪山で遭遇したスノーフェアリーもその名の通り妖精だ。雪と同化するように飛び回るスノーフェアリーは見つけるのがとても大変で、瞬き一つの間に隠れてしまうのだ。念入りに探さないと見つけられない。


「ね、続きしましょうよ」

「精霊って性欲ないって聞いたよ」

「あら、知ってたの? 確かに性欲はないけど興味はあるのよ。子を成すとはどういういうことなのか」

「興味本位なわけね。でも人間と同じやり方でできるのかな?」


 単純に疑問を述べると、女性は「やってみなきゃわからないじゃない」と豪語した。恥じらいは一切ない。


「今まで沢山のお客様に接触してきたけど、みんなお話しをしただけで倒れてしまったわ。魔力が合わないみたいなの」

「相性とかあるのかな? じゃあルートヴィヒと試してみたら? 彼なら割とタフだし、君に興味があるようだったし」


 魔力の質で相性が左右されるのならルートヴィヒが適任だろう。彼女もルートヴィヒもかなりの高純度の魔力を持っているのはなんとなく感覚でわかる。加えてサーシャと違いルートヴィヒはきちんと彼女を女性として認識していたので彼女の目的も達成されるだろう。


 サーシャとしては仕返しの意味も大いに含んだ誘導であった。ここ数日恩人だから、貴族だから、と大分良いように使われた。


 腹が立たないわけでは無かったので、ルートヴィヒにも少しは痛い目(良い目かもしれないが)にあってもらおう。

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