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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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37. ロック鳥討伐


 作戦会議を終えたAクラスと騎士団は船から外に飛び出した。


 船は結界が張られていたが、一歩外に飛び出してしまえばそこは魔物の住処である。己の身を守るのは国が誇る魔術の力量と高級な装備、騎士達の力添えだ。

 魔術師は魔術の発動まで時間を要する。その欠点を補うために騎士一人に生徒が四人と計五人の編成でロック鳥の討伐を行うこととなった。


 実力的には大人である騎士の方が上で、うち生徒三人は騎士のバックアップに入る。騎士に補助魔術をかけるもの、回復魔術をかけるもの、敵に対し妨害魔術をかけるものの一セットだ。

 そこに加えられるのが火属性の魔術を使える生徒だ。ロック鳥は風属性なので火属性が抜群に効果が発揮される。


 全員慎重に足を進めて湖にたどり着く。

 既にロック鳥たちは殺気立っており、準備もままならないうちに鋭い鉤爪が騎士を切り裂いた。いや、当然準備をしていたがあまりの早さに間に合わなかったのだ。瞬き一つのうちに全てが終わっていて、皆々恐怖に慄く。


 我に返った生徒が回復魔術をかけて騎士を再び地に立たせる。しかし既に痛みを味わった騎士の顔が恐怖に染まる。五人パーティーが三組ほど固まってロック鳥一羽を相手にしているにも関わらず、恐怖のあまり動きが鈍い。


 国のために全て捧げるよう教育を受けてきたが、いざ命の危機とあると平常心でいるのは難しい。想像していた以上の強敵に全員心を凍らせながら奮闘を始めた。


 そんな中、ルートヴィヒだけは編成を組まずに一人でロック鳥の間を縫って討伐していった。

 ルートヴィヒは火属性なのでロック鳥の優位に立つ。あらかじめ準備していた魔術陣を詠唱しながら次々と炎の矢を放ち、一撃でロック鳥を斃していく。

 矢を放ちながら、次の魔術の編成、構築、詠唱とマルチタスクで展開され無駄がない。


 魔力量をたっぷり保有するルートヴィヒは炎の矢ぐらいならばほぼ永久的に放つことができる。ルートヴィヒの活躍に生徒は驚き、正気を失っていた瞳に色が戻った。

「流石ルートヴィヒ様」と歓声があがり、片手を僅かにあげてその声に答えた。湖畔側のロック鳥は数を減らし、生徒たちでも十分対応できるようになっている。


 それを確認して、ルートヴィヒは遥か彼方の頭上に目を向けた。

 生徒も大人も誰も気づいていないが、ルートヴィヒ以外にかなりの数を斃している者がいる。

 自分たちが湖畔に到着した時には既に結構なロック鳥が地に落ちていた。恐怖に囚われた者の目には入っていなかったようだが。


「サーシャ」


 呼ぶと、空中で舞を舞うようにサーシャが体を反転させた。

 地上の比ではない数のロック鳥に四方から囲まれながら悠々と攻撃を交わしている。一羽のロック鳥の首を飛ばしてルートヴィヒのところに重量を伴って死骸が落ちてきた。


「ん? な〜に〜?」


 返り血を全身に浴びてサーシャは真っ赤に染まっている。

 けれどそれを一切気にせず攻撃を休めることはない。完全に野生児だ。呑気に一体一体の命を奪いながらサーシャはルートヴィヒに目を向けた。死角からロック鳥の嘴が襲いかかるがいとも容易く交わしてしまう。地上の人間と実力差がありすぎて逆に笑えてくる。


「怪我はないか」

「ないよ〜」

「もう少し頼む。我々は斃した鳥の処理に入る」

「貴族様の望みを叶えるのは平民の義務ですから〜任せて〜」


 サーシャは実力差に気づいていない。ただ単純に貴族たちは面倒だから討伐に参加しないと思っているが、悲しいことに圧倒的に実力が足りていないのだ。

 生徒にも本当のサーシャの姿が見えていないが、サーシャも生徒たちのことが見えていない。お互い上手い具合に勘違いしているので変な軋轢が生まれず結構なことだ、とルートヴィヒは頷いた。


 討伐を行うのは庶民、毛皮を剥ぐのは卑賤民の仕事であるが、この場合は安全な仕事を貴族たちは喜ぶだろう。

 ルートヴィヒはロック鳥の死骸を両手に担いで生徒たちの元に戻る。ロック鳥一羽に息も絶え絶えになり休んでいた少年たちがこちらを見て目を剥いた。


「討伐はもういい。量が多いから手が空いた生徒から鳥の処理をしてくれ」

「助かります」

「ルートヴィヒ様は凄いわ、こんなに沢山」


 仕留めたのはサーシャだが今は言わない。面倒なことになりそうだからだ。

 しかし。


「ところでゼロはどこに行ったんでしょう」

「怯えて隠れているのよ。私たちが果敢に戦っているというのに」

「船に戻ったら折檻だな」

「ゼロは貴族に対する態度が分かっていない。ちゃんと躾けないと」


「……あそこだ」


 サーシャに対する罵詈雑言にルートヴィヒの張り付いていた笑みが剥がれた。

 うっかり言うつもりもない事実が口から溢れてしまい、しかし言ってしまったからにはもう遅い。


 ルートヴィヒの目が虚空に流れ、生徒はその流れた先を追う。

 湖の真上で不自然にロック鳥が巨大な玉のようになって何かに群がっている。玉には様々な色を伴った閃光が走り、その度にロック鳥が一羽一羽と地上に落ちていく。

 湖に落ちると回収が面倒だからと、サーシャが落ちる軌道を変えているのだ。ロック鳥と戦いながら回収まで行なっている高度な技術にルートヴィヒは知らずに微笑み、生徒たちは呆然と口を開けた。


「え、……な」

「誰、ですか。あれ」

「サーシャだが」

「ええ……」


 己の力量とかけ離れた戦闘に誰もが言葉を失う。

 生徒たちですらこうなのだから、大人は見ている事実を受け入れがたいと頭を抱えた。


「ルートヴィヒ様が補助魔術をかけられているのですか?」

「いや」

「高性能な装備をお渡しになったとか」

「彼は庶民的な布の服だったが」

「…………」

「対応を改めるべくは我々の方だな」


 そう言って微笑んだルートヴィヒに首を垂れた。サーシャとは違い、貴族は皆あらゆる加護を付与した装備を身につけている。魔力を増強する薬も飲んできた。仮死状態になったのは魔力を温存するためでもあった。

 それなのにここまで力の差があれば、クラス判定の一体何が正しいのかわからなくなる。


 そこから全員葬儀の場のように一切言葉を発せず黙々と鳥の処理を行なった。


 繁殖で集まった鳥を人間の都合でどんどん斃しまくったのだからある意味当然の空気だった。

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