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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
1章 幼年期編
4/152

4. 魔術師への興味


 貨幣と物品は交換と聞いていたが、貨幣にもそれぞれの価値があり単純な交換とはいかないらしい。物の価値を知っていても貨幣の価値を知らなかったようだと、ルーナの態度に事実を察する。

 笑うと、苦々しげに小突かれたが。


 少し歩いて次は精肉店に着いた。ふくよかで明るい女性が迎えてくれる。


「あら可愛い。何歳?」

「よんさいです」

「あらあらあら。しっかりした子ねえ。お使いかしら?」

「ハジメテノオツカイ ナンデス」

「ふふふ。わかってるわ~。何が欲しいの?」

「おにくです」


 女性が吹き出したので、肉には色々な種類があることを知る。

 氷上のざるには見た目の異なる赤身が並べられていて、用途によって使い分けるのだと思った。


「カレーにはなんのにくがあいますか」

「そうねえ」


「人それぞれ好みはあるけれどおばさんのオススメはこれ」と言ってギュウスジをくれた。

 一切れ銅貨四枚と書いてあったので先ほど大量に入手した銅色のコインを渡す。


「まいど! お嬢ちゃん、可愛いからちょっとおまけね」

「ありがと〜」


 おまけを袋に入れる様子を眺めて、「お嬢ちゃん」という言葉にサーシャはふと眉を寄せた。

 隣を見るとルーナの肩が震えている。目が合って、ルーナが三つ編みのアーチを指差した。悪びれもなく肩をすくめたのでこれは女の子の髪型なのだと愕然とした。

 

 精肉を受け取り、足早に薄暗い路地へ駆け込む。乱暴に髪の飾りを取りルーナへと押し付けた。三つ編みが解けサイドへさらりと流れる。


「何で。可愛いのに」

「ひどい! かわいいじゃなくて、かっこいいがいい!」

「ふふ、ごめんね。結び直そうか」


 当然のようにサーシャの髪をいじり始めたので釈然としない。思えばいつも彼に髪を結ってもらっている。自分だってルーナの髪を結んでもいいはずだ。

 銀色の髪は地面すれすれに揺れており、結びがいも一層だ。思いっきり女の子のようにしてあげて周りに笑われるといい。その為に髪型の勉強をしなくては。


 そんなことを考えていると頭上を大きな鳥が飛んだ。

 思わず見上げると鳥は群れを成していて一定方向に飛んでいく。いや、鳥ではなかった。箒にまたがり黒いローブをはためかせた人間が空を飛んでいる。


「あれ、なに?」

「ん」


 ふと上を見上げたルーナは、すぐにどうでもよさそうに瞳を曇らせサーシャの髪へと向き直る。

 下らないことに目線を向けてしまった時間を惜しむように丁寧に編み込まれていく。彼は興味がないことにはとことん淡白である。髪の毛が完成してサーシャたちは表通りへと戻った。

 空にはまだ黒い人影が小さく見えている。


「あれはなんですか?」


 改めて道ゆく大人に尋ねると、大人はパチリと目を瞬かせ、空を見上げる。


「ああ、あれは魔術師たちだ。近くに学園があるからな」

「まじゅちゅひ」


 噛んだ。なんて舌のもつれる単語だろうか。


「それより坊主、迷子か。親は……」

「ハジメテノオツカイ ナンデス」

「あー」


 大人は辺りを見回し納得して頷いた。

 この呪文の効力は凄い。大人が抱く疑問は顔を回すことで解消するようだ。


「そうか、気をつけてな」


 頭を分厚い掌で撫でられ、サーシャは前へと進む。

 魔術師とは何か、と頭の中でモヤモヤと広がる。調べ物をするのなら図書館だと、姉に聞いたことがある。図書館には世界の英知全てを修める蔵書を所蔵しているが、一方で簡単にはいけない場所にあると、寝物語に聞いた。

 寝ずに数日歩き続け、ある一斉条件のもとその扉は開かれる。


『LIBRARY』


 の文字が急に目の前に現れた。大通りをどんどん歩いていたら途方もないくらい大きな建物にぶつかった。正面に看板を構え、蔓の蔓延る石門がある。何十段もある階段の先にはガラス扉が見えた。

 本を持った人々がその扉を行き来している。


「もしかしてここ、としょかん?」

「そうだね」

「はいってもいい?」

「んー」


 意図せずあっさりとたどり着いてしまった図書館に好奇心を隠せない。返事を待たずに階段を登りきり、扉へと向かう。

 ガラス扉は観音開きに開け放たれ、サーシャはその扉を潜った。二重扉になっており、二つ目の扉をスライドさせて入ると、正面に木製の大きな机があった。


 机の両サイドには人一人が通れる幅のゲートがあり、入場者は筐体にカードを翳して入っていく。カードからは一瞬小さな動物が飛び出して、またカードの中へ戻っていった。

 入場者によって動物の種類は様々で、兎だったり猫だったり、馬だったり。中でも鳥が一番多い気がする。


 大きな机にトンと座って作業している女性が店主だろうか。足を進めると女性はサーシャに気づいて少し身を乗り出した。


「坊や、迷子かな?」

「ハジメテノオツカイ ナンデス」

「うーん、多分ここに用は無いと思うよ。カードは持ってる?」


 なんと。呪文は不発に終わった。

 フルフルと首を振ると、女性は何処かに電話をかけ始めた。


「迷子センターですか? 正面玄関に小さな子供が」と、話している女性にサーシャは顔を曇らせる。


「なかに、はいれない?」

「ごめんね。図書館は会員登録しないと」

「なら、かいいんとおろくします」

「未成年は親の承諾が必要なの」

「おや」


 むむ、と口に手を当て考え始めると、突然腕を引かれた。

 ルーナだ。後ろから様子を見ていたルーナは「今日は諦めて」と、サーシャの手を引いていく。


 玄関を抜ける際、受付の女性が慌てて静止を促したが、軽く手を振って大丈夫な旨伝えた。図書館の利用には条件があるのがわかったので次に来る時に準備すればいい。

「おやのしょうだく」が森のどこあたりに落ちているのか、帰ったら姉に聞こう。そう思ってサーシャは買い物を再開することにした。


 人参と玉ねぎを買いに最初の八百屋へ戻り、スパイスはどこだと行ったり来たり、買い物は意外に大変で。重い袋を抱えてくたくたになりながらサーシャは家に帰った。




 翌朝、サーシャはもう一度街に行きたいと思った。

 森の中に「おやのしょうだく」はなかったので自分で紙に書いてみた。鏡文字だったりよれているその文字にサーシャ本人もこれはない、と思い直す。直後ルーナによって容赦なく捨てられてしまう。


「入りたいなら忍び込もう」

「できるの?」


 その発想はなかった。目を輝かせて銀色の瞳を見ると、珍しくやや自信なさげに視線が逸れた。


「なんか結界はってある気配がするから確実じゃないけど」

「けっかい?」

「当たると痛い系の奴」

「じゃあやめよう」


 痛いのは好きじゃない。

 あっさりと引いたサーシャにルーナは眉を寄せる。

 魔術師のことは気になるが痛い思いをしてまで知りたいわけではない。いつかはおやのしょうだくが手に入るだろうしその時調べればいい。


 そんなサーシャをルーナは物事に執着しない淡々とした奴だと思っている。興味を持っても次の瞬間やっぱりどうでもいいと対象から手を離すのだから、一緒にいてもなかなか行動が読めない。


 そんなこんなで互いに似たような印象を抱きながら二人はゆったりと日々を過ごした。




 二年の月日が経ち、サーシャの元に水色の封筒が届く。


『魔術師養成学園入園のお知らせ』


 封筒には簡潔にそう書かれていた。

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