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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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34. 命の在り処


「え、まさか」


 思い至った結論にルーナは頷いた。


「この船、殆ど命の気配がしない。仮死状態になってるんだね」

「でも部屋に食事があるって言ってたよ。何のために」

「自分を律することが出来るのなら起きていろって事なんだろうね」

「え〜、そんなにやばい事だったの?」


 今更ながら自分の不用意な行動に思い至った。

 教師はあらゆる行動、思考、活動を抑えろと言っていた。敵国側はその些細な気配を察知して攻撃ができるという事だ。

 学園所有の飛空艇は対戦闘用に作られていないので、攻撃を受ければそれでおしまいだ。


 そこも全て理解して、少年少女たちは今眠っている。万一命が絶たれても、それすらも夢の中の出来事のまま終わってしまうのだ。自分が死んだ事に気づかないまま。


「えー、どうしよー。攻撃来たら完全に俺のせいじゃん」

「そこは気にしなくていいんじゃない。その時はさっと離脱しよう」

「いやいや、俺たちも普通に死ぬでしょ」


 Aクラスですらこんなに警戒しているのだ。

 自分たちにどうこう出来るとは思えない。それにしても学園側はやる事が雑である。人の命に対してかなり効率的というか。


「使い捨て感が半端ないねー」

「人間なんてそんなものでしょ」


 自分さえ良ければそれで良いのだから、とルーナが言って、できたばかりの四つ編みの感触を撫でた。嬉しそうに笑って、毛先をクルクルと指で回した。


「上手」

「やった」

「次は僕の番」


 ルーナに頭を撫でられながら、サーシャは「やはり自分の不徳は自分で対処しよう」と決意する。

 万が一の時はちょっと頑張ってみよう。自分のせいでみんな死んだとなればいくらなんでも目覚めが悪い。ルーナが手伝ってくれたら少しは被害を軽減できるだろうが。イグニスは……、あまり期待できないので戦力から外す。

 今から大人しくしても遅いだろうと、サーシャは変わらぬまま生活を送った。




 コンコンコン。


 寛いでいたらラウンジの扉がノックされて少し驚いた。イグニスは決してノックなどしない。


「ん」


 くん、と首が引っ張られて扉の向こうにいる正体を知る。

 ルーナを振り返りたくとも出来ず、足が勝手に扉に向かった。自分の意思とは無関係に内側の扉に手が掛けて、ゆっくりと開く。


「サーシャ」


 高貴な微笑みに、やっぱり、とサーシャは思った。


「何でここがわかったの?」

「勿論この拘束術の恩恵だ。一晩ゆっくり休めたか?」

「うん」

「…………」


 ニコニコと笑っていた貴族の少年ルートヴィヒは、ふと視線を下げてあることに気づき表情を曇らせた。サーシャの首へと手が伸びて、指の腹で首の周りを撫でる。

 明らかにショックな顔をしているルートヴィヒをサーシャは不思議な顔で眺める。


「何だこれは。そんなに嫌だったのか」

「ん? ……あ」


 首の紋様を執拗に剥がすような爪痕が痛々しく残っている。

 けれど紋様に傷をつけることは出来ず、ただただサーシャの首が赤く腫れているだけだ。まだ熱を持っているし痛いけれど、昨日よりはまだ我慢出来る。


 確かに嫌は嫌だが剥がそうとしたのはサーシャではない。他人の責を咎められるかと思ったが、ルートヴィヒはただ悲しそうにするだけだった。単純に心配してくれてるのだろう。


「大丈夫だよ〜」

「消毒はしたか」

「舐めた」


 どうやって、とルートヴィヒは眉を寄せる。舐めたのはイグニスだが嘘は言っていない。


「それよりこれ、取ってくれない? 突然自由がきかなくなるの嫌だな〜」

「ちょっとした悪戯のつもりだったんだ。主人に抵抗できないと言う設定で巷で人気があるから」

「なにそれ。どう言うこと」

「恋人同士の戯れに使われる遊び道具だよ」

「へ、……へ〜」


 何を意味するかわかってしまったサーシャはドン引いた。

 無論ルートヴィヒはサーシャに対しそう言う意図はなく、ただ手短にあったアイテムを拘束具として使っただけだ。それはわかる。


 しかし、所持していること自体が、彼は恋人とそう言うシチュエーションで情事を楽しんでいるという意味になる。

 少し距離を置いて会話を続ける。サーシャは純愛派だ。きっと彼とは分かり合えない。

 距離に気づいたルートヴィヒは、自分の発言に首を傾げた。そして直ぐに慌てたように弁解を始める。


「ちょっと待ってくれ。サーシャは誤解をしている」

「性癖は人それぞれだから、大丈夫。いや、むしろ聞きたくない」

「ちがっ。これは貰っただけだ。そう言う意味で使ってなどいない」

「わかった、了解、納得した」

「絶対納得していないだろう。おい、距離をとるな」


 わーわー言っていたが、急に我に返ったルートヴィヒが真顔になって部屋に入ってきた。ため息をついて苦笑している。


「サーシャといると調子が狂う。こんな事を話しに来たのではなかった」

「これ取って」

「取れない。一週間の期日で取れるから我慢しろ。傷つけることも許可しない」


 先とは打って変わった反論を認めない言動にサーシャは面食らった。

 同い年とは思えないほどルートヴィヒは大人びているし、ある種の高圧的な言動も行う。また、それが嫌味に感じないのだから普段から慣れていることが知れた。


 貴族とは本当に天上人のような存在である。

 ルートヴィヒはサーシャの首を優しく撫でながらラウンジのソファーへ移動を促した。柔らかなソファーに対面に座ってルートヴィヒは笑みを作る。


 その片手に見覚えのある羽衣を持っているのに気づく。

 サーシャはルーナと目を見合わせ、「ずるいね〜」と念思を送った。サーシャの羽衣を奪ったのはこの事態を見越してのことだったのだ。気配や魔力を遮断できるスノーフェアリーの羽衣を手元に置き、自分だけ悠々と艦内生活を営んでいる。


 他の生徒が仮死状態にあるのに随分と自由なことだ。とはいえサーシャも人のことは言えないので不測の事態に陥ったらサーシャは勿論、ルートヴィヒの戦力も十分に注いでもらおう。


「サーシャ、国境を越えたが調子はどうだ」

「普通だよ〜」

「感知されている気配はあるか」

「……そんなの、わかるの?」

「彼らは思念体を使うのが上手いからな。サーシャは特殊な魔力を持っているからわかるかと」

「思念体って精霊のこと? それならAクラスの人の方が上手いじゃん」

「精霊というか」


 ルートヴィヒが説明を続けようした時、僅かに船が揺れた。その後ゆっくりと空中で船が停止する。自動操縦となっているので途中で止まる事はないはずだ。

 不思議に思ってルートヴィヒを見ると、彼は微笑んで羽衣を頭から被った。


「来たようだ。行こうか」


 誘うように手を差し出され、サーシャはその手を取る。握るつもりなどなかったがまた首輪の魔術が発動した。勝手に体が動いてしまう。


 早く効力が切れますように。願いながらサーシャは貴族の少年の後ろについていった。

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