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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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33. マイペースな自粛生活


 星を見ていたら何故かイグニスが不機嫌になり黙り込んでしまった。


 余計なお世話をしたせいかもしれない、とサーシャは反省する。楽をするのは好きだが、出来れば自立した選択肢を選びたい。自分で勝ち取った結果に満足できないわけがないのだから、イグニスの気持ちはわかる。

 じっとサーシャを睨むように見つめるイグニスに再度謝罪し、また寝転がった。


 星を見ていると心が落ち着く感じがする。

 星もまた、自分を見守ってくれているような不思議な感じがするのだ。学園には星詠術という授業があり、サーシャはそれを専攻している。

 当然内容に着いていけていないが、初回で貰った星座盤は暇な時に眺めるのに最適であった。


「…………」


 何かが頭をよぎり、静かに目を瞑った。

 何を思い出したのか、一瞬で通り過ぎた光景に手を伸ばすが、過ぎ去ってしまった感覚が泡のように消えてしまう。

 あれは一体何だったか。


 授業内容を理解するべくのきっかけか、姉から寝物語に聞いた光景だったか、うろ覚えではっきりしない。そのうち思い出すだろう、とサーシャは瞳を閉じたまま毛布を被る。

 デッキの床は硬いが眠れないほどではない。


「サーシャ?」

「今日はここで寝る。ルーナたちは戻っていいよ」

「わかった。じゃあね」


 毛布に篭りながら、ルーナたちが離れる気配を感じた。二人は硬いデッキではなくラウンジで休む。

 早朝になったら戻ろう。それにご飯の調達も考えなければ。うつらうつらと取り留めなく考えを巡らせながら、意識は星々の中に沈む。

 ずっとずっと昔、サーシャは夢に見たことがある。

 全てを包む柔らかさと優しさで溢れた母のような存在を。




「おはよ〜」


 翌朝、ラウンジを訪れるといい匂いがしてサーシャは瞬きをした。

 ラウンジには簡易的な調理台が設置してあり、ルーナがそこで朝食を作っている。こちらに気づいた彼が顔をあげた。


「おはよう。お腹すいたでしょ」

「うん。昨日食べるの忘れてた〜」

「もうすぐ新鮮な食材が届くから、スープでも飲んで待ってて」


 ルーナが微笑むと、次の瞬間音を立ててラウンジの扉が開いた。

 今しがたサーシャが入ってきたばかりの扉で、危うく頭がぶつかりそうになった。乱入者は予想通りイグニスで、その手には昨日見た金鶏冠の鳥を掴んでいる。


「あ、クソガキ起きたか。飯食うぞ」

「それ、取ってきたの?」

「まー」


 聞くと、イグニスの眉間が僅かに歪んだ。

 金鶏冠はオーロ鷄という鳥種だ。温和な性格だがすばしっこく捕らえるのにそれなりに苦労する。

 倒すのは造作もないものの、死んだらそのまま地上に落ちていってしまうのでその瞬間掴めなければ意味がない。


 実際、無駄に地上に落としてしまった。

 そんな失敗を言う訳もないイグニスは、己を見るサーシャと目が合う。昨晩のあれこれでもどかしい気持ちは残っているが、一晩寝たら薄らいだ。

 自分ばかりが気にしているなんて均衡が取れていない。もっとサーシャの関心を惹かなければ、いざという時利用できない。


 サーシャとすれ違いざまに腰を蹴り上げて、ルーナへと鳥を投げた。さっさと調理しろ、と。

 一連のやりとりを見ていたサーシャが思いついたように言う。


「なんか、これ。知ってる気がする」

「なに?」

「お父さんとお母さんみたいだね〜。役割分担が」

「は?」

「サーシャ、……ちょっと待って」


 瞬間、目に見えない雷が落ちた気がした。二人が突如動作を止め、眉間を押さえてこちらを振り返る。

 不快感を一心に湛えた両者の瞳に、サーシャはとりあえず謝罪した。仲が良いと思っていたが、その類で例えられるのは嫌だったようだ。


 事実神々の仲は険悪である。そんなことも知らない呑気な一言に怒りを隠せない彼らは、それから一言も声を発せず朝食を終了した。険悪な空気を作ってしまい、また昨晩に続き要らないことを言ってしまい、サーシャは冴えない自分に少しばかり反省した。



 午後までルーナとカードゲームに興じた。イグニスはどこかに出かけて行った。

 窓から流れる景色からするに、船のスピードはかなり遅い。

 魔力消費の殆どを船のステルス機能に割いているのだと思う。移動速度の優先順位は低い。

 サーシャは先ほどから負け通しのカードをテーブルに置いて、ソファーに凭れかかった。


「国境越えたんだね〜」

「昨晩から随分と移動が遅くなったしね」

「全然実感ないな〜。国境って明確なバリアとか張ってあるのかと思ってた」

「単なる国の境ってだけだし。トランプに飽きたのならこっちにおいで」


 対面に座っているルーナが手招きしたので、サーシャは移動して隣に座る。頭に手を置かれて、梳くように髪の中に指が入り込む。


「ちょっとほつれてるから結んであげる」

「いいよ。今日は誰とも会わないし」

「僕が触りたいだけだから」

「そう言うなら俺もルーナの髪結びたい。そんな長くて不便じゃないの?」

「そこまでは」


 サーシャはルーナの長髪を軽く握り、後ろを向くように促した。地面すれすれの銀髪は非常に結びがいがある。

 リボンを一緒に編み込んで一本の四つ編みにしてみようと考えた。ルーナの長髪は見ていて不便そうだが、いつも川のように綺麗に流れを作っている。

 あちこち広がるような癖はなく、すべすべの指通りでサーシャは心地よい感触を楽しんだ。


「痛かったら言ってね〜」

「むしろくすぐったい」

「あ、ミスった。もう一回やり直す」


 編み込みの順番を間違えて、間違えた箇所からやり直そうとしたら全部解けてしまった。奮闘していると、楽しそうにルーナが笑った。


「サーシャは全然大人しくしてないね」

「え? 国境の話? 十分大人しくしてるよ〜」

「他の人たちは部屋から動いてないよ」

「確かにじっとしてろって言われてた。でもさすがに限度あるよね」

「事前に薬配られてたの見たよ。そう言う意味じゃないの」


 まあ興味ないけど、と息を逃してルーナが呟く。

 サーシャはサーシャで「もらってない」と言って、「薬」という言葉を反芻する。


 人間、何もしないなんて無理だ。生命を維持するにはある程度の活動をしなければならない。食事、睡眠、排泄、適度な運動、衛生にも気を使わなければ。

 その多くを我慢して部屋で閉じ籠るのは現実問題不可能で、それを実現するためには強制的に活動を停止しなければならない。


「え、まさか」


 思い至った結論にルーナは頷いた。

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