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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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31. 無慈悲な拘束魔術


 魔術に制限がかかる、と言われてサーシャは顔を上げた。


 サーシャ自身今まで制限をかけられた経験は何度かある。

 イグニスの住む炎の山では火魔法以外の魔法を制限された。寮塔は空間魔法を禁じられ、人間が歩めるルートだけが移動を許された。


「国境から先は聖域なの?」

「いや」

「管理人が制御してるとか」

「違う」


「お前は何を言ってるんだ!」


 呑気な応答をしているサーシャとルートヴィヒだったが、業を煮やした教師が怒りの声を上げる。


「誰でも知っていることで時間を浪費するな! 今我がハルハド国は隣国と戦争中だ!」

「その敵国の真上を通過するのだ。巨大な魔力を伴って移動すれば否が応でも目立つ!」

「会話も傍受される可能性がある。魔術行為のみならず、あらゆる行動を慎まなければ」


 怒涛の教師の説明に、ルートヴィヒだけはゆったりと足を組み、微笑む。


「まあ、そういうことだ」

「魔力消費を極力抑えて、息を殺して過ごして、て事だね」

「そう。移動速度は当然遅くなるが、安全飛行のためにはこれが一番だから」


 学園からガガ渓谷に行くには敵国の真上を越えなければならない。渓谷自体が敵国の領土内なのだ。

 魔物の生息地は当然人が住める環境ではない。町や村はないとはいえ。


 あれ? これってもしかして密輸じゃない?


 国政に詳しくないサーシャですら当然の疑問が浮かんだ。ルートヴィヒを見ると、楽しそうに笑っている。

 教師たちは眉間にシワを寄せて「今更か!」と舌打つ。察しの悪いサーシャは今気づいたが、みな元よりその事情を全て飲み込んでここにいる。


 それほどに求める素材が切望されているのだ。

 先程から理不尽にサーシャは怒られているが、あまり国境とか隣国とか興味がないから仕方がない。ここで隣国の名など尋ねたら拳が飛んできそうだ。戦争の理由だって勿論知らない。


「日没には国境を越える。不便を強いるがここから先は堪えてくれ」

「俺は大丈夫」

「良かった。では、不便ついでにこれを付けてほしい」


 先程まではしゃぎ回り転げ回っていたサーシャは素面で大丈夫だと宣った。どうやって大人しくするつもりなのか、話を聞いていた精霊神はそれぞれの反応を示す。

 ルートヴィヒが腕を伸ばしサーシャの首を捕まえる。


「ん、ん?」


 サーシャの首を掴んでいない方の手のひらに何かの陣が描かれている。小さくルートヴィヒが呪文を唱えると黒い紐のようなものが現れ、サーシャの首に巻き付き溶けた。

 紐の跡が首の周りに繊細なレースの形で染み付いた。一見チョーカーでもしているかのよう。


 サーシャからはどうなっているかわからないが、何かが起こったのだけは理解した。満足そうに微笑むルートヴィヒを見ると「そんなに心配しなくていい」と言う。

 サーシャの首から手を離され、異常を確認するため首を触るがよくわからない。


 ルーナならわかるだろうか、と窓の方にいる彼を見たが、見えない力で阻まれた。ルートヴィヒが指をくんっと上げると、まるでリードを引かれた犬のように強制的にサーシャの顔は目前の少年へと向けさせられる。

 手のひらの陣と自分の首の輪が連動しているのだと悟った。飼い主に誘導されたように首がいうことを聞かない。


「効果は上々だな」

「これ、何」


 ちょっとムッとしてルートヴィヒを睨むが相変わらずの微笑みで返された。


「怒らないでほしい。私から勝手に離れないよう付けただけだ。サーシャは目が離せないから」

「そんな信用ないー?」

「保険くらいは良いだろう?」


 悪びれなく笑って言う。

 ルートヴィヒのニコニコした笑みを見てサーシャは曖昧な笑みを返した。


 まあ、確かに悪意は感じないな〜。


 もし、何かあったらその時考えよう、とサーシャは早々に気持ちを切り替えた。なってしまったものは仕方がない。


「それじゃ、船内の探索途中だから」


 と、サーシャが席を立つと教師が呆然とする。今しがた、大人しくしていろと言ったばかりのはずだ。


「待て。サーシャの部屋はどこだ?」

「多分ないと思う〜」


 Fクラスだし当然準備はないだろう。

 野宿経験者のサーシャにとって問題はない。デッキにでも毛布を持ち込んで寝よう。


「なら私のところにおいで。ベッドは従者用に余計にあるから」

「やった。三床ある?」

「何故三床? いや、余分は一床分だけだ」

「なら大丈夫〜」


 ルーナたちを置いて一人だけいいところでは寝られない。それにデッキも空調が効いているし寒くはないのだ。三人で星を眺めながら寝るのも悪くない。

 精霊神と目配せした後、サーシャは部屋の外に出た。



「ウッザ! キッモ! 何あれ何あれ!」


 部屋を出た途端全身に鳥肌を纏ってイグニスは肌を擦って叫んだ。その顔はおぞましい物を見た後のようにわかりやすく歪んでいる。

 ルーナもなぜか同様の表情で苦々しくため息をついた。


「なんなのこれ、気持ち悪い。取れないし」

「油断してんじゃねーよ! あ、皮一枚剥がせばいんじゃね?」

「痛い痛い痛いー」


 二人に首の周りをカリカリされ、サーシャの首は引っかき傷だらけになった。その上でイグニスは恐ろしいことを言ってくれる。神と距離を置いて、擦り切れた首を触ると手にひらに血がついた。擦りすぎだ。


 精霊神たちはこの得体の知れない魔術が気に入らないようだった。尤もサーシャ自身も歓迎はしていないが。


「何かな、これ」

「人の魔術はよくわからない。でもさっき見た感じだと拘束術の一種だと思う」

「んー、肌には傷出来っけど紐は損傷ねーな。剥いても無駄か」

「……もういい。やめて」


 せっかく逃げたのにあっけなくイグニスに捕まったサーシャは今度は首を囓られた。ガチで剥がそうとしたらしい。

 鋭い犬歯に刺されて痛みのあまり半泣き。もう検証はやめてほしい。滲み出る血を舐めながら、イグニスは渋い顔を崩さない。


「サーシャの恩人でなかったら殺してたな」

「オレも。てか船ごと破壊したい気分だし。スッゲーイライラする」

「俺としては今現在の二次被害の方が酷い」


 サーシャは冷静に心境を語った。

 ルートヴィヒは緩い拘束魔術を使っただけだが、この二人は容赦無く首をガリガリ削ってくれた。

 血は流れているし既に熱を持っている。ヒリヒリして凄く痛い。両手で首を覆いながら熱を持った首を冷やす。


「もう過ぎたことだからいい。大人しくしてれば何もないよ」

「いや、過ぎてないから。何が起こるかわからないでしょ」

「そのまま首落とされたらどうすんだよ」

「そんな悪い感じはしないよ?」


 レースの紋様を触り、そこに籠る魔力がサーシャへと伝わる。

 正確にはわからないが殺傷能力はない。直ちに命の危険があるものでもない。

 その感覚を苛立つ二人に伝えて、再び船の散策を始めた。かなり渋々ではあったが。

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