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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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29. ルートヴィヒの頼み


 訳がわからないままサーシャは飛空艇に押し込められた。


 授業が終わりそうだったので、三人で海に行こうと浮かれていた矢先の事であった。ウキウキと教室を出た途端何者かに捕まった。

 何やかんやと生徒たちが騒ぎ立て、汚物でも扱うように粗雑に押されて、されるがままに今ここにいる。


 ぽかんとしていると、隣にいるルーナが肩をすくめた。イグニスはあからさまに不機嫌だ。

 Fクラスの行事に園外学習などあっただろうか。また予定を把握していなかっただろうか。そう思ったが周りを囲む生徒たちの面々を見るとどうやら違う模様。


 見知らぬ生徒ばかりである。

 その中に唯一、いつか見た生徒がいてサーシャは首を傾げた。黒い長髪の少年が微笑んでこちらを見ている。その手にはサーシャの大事な羽衣がある。


「あの、とりあえずそれ返して」

「悪いがダメだ。君はこれより私たちと同行することになった」


 有無を言わせない凛とした響きにサーシャは面食らった。あまり人にのまれない自信があるが、こうもズバッと返されると反応に遅れる。というかサーシャとまともに話そうなどという生徒は今までいなかった。

 学園内では元担任くらいだろう。


「ちょっと用事があるんだけど」

「後にしてほしい。こちらも急を要するんだ」

「そっちは何の用?」

「ロック鳥の討伐だ」

「へー」


 何の感動もないサーシャの返答にAクラス全員が苛立ちを抱き始める。学園の象徴であるルートヴィヒを前にしてあんなに不遜な態度を示すなどと腑が煮え繰り返る。


 ルートヴィヒに声をかけられるなんてこの上ない誉れなのだ。Fクラスならば諂い媚びを売って然るべき。言葉遣いもなっていない。ただの下々同士の権威勾配が感じられない会話に誰ともなく舌打ちをした。


「その態度は何なんだ、ゼロ! 頭が高いぞ、跪け!」

「下賤な身でここにいる意味を考えろ。感謝の意を表し我々の為に助力しろ」

「あの、言ってる意味がわかんない」


 困惑しながら顔をあげる。

 ルーナが手を伸ばしたのだ。こんな人間たちに付き合っている暇はない、と。


 イグニスは既に海パン姿で天井を浮遊している。綺麗に割れた腹筋を眺めてサーシャは思わず笑みを深くした。

 火の精霊神のくせに水遊びは好きらしい。嫌いなのは火以外の魔法のようだ。イグニスがこちらを見て、どこからかビーチボールを取り出す。「早く行くぞ」と。


 ルーナと手を繋ぐ為あげた手のひらを、突如別の者に握られる。


「サーシャ」


 黒髪の少年である。彼は他の生徒と違い捲し立てず、ただ静かにこちらの様子を伺っている。

 きちんとサーシャの意思を確認しつつ、それでも己の希望を通そうとする絶対的な王者の雰囲気を感じた。


「君にはすまないと思っている。だが、先も言ったが我々は困っているのだ」

「ロック鳥の討伐が? そんなのただ行ってくればいいだけなのでは?」

「…………」


 嫌味ではない。サーシャは純粋にロック鳥の脅威を知らない。この数年で少なからず魔法を獲得したサーシャにとってロック鳥は大した相手ではない。


 Fクラスの自分がこうなのだから、Aクラスにすれば造作もないことだろう。単純明快に弾き出したサーシャの答えに、ルートヴィヒは楽しげに笑う。

 一方でAクラスの生徒たちは「この世間知らずが」と憎悪の声を放つ。


「私たちにはロック鳥が手ごわい相手なのだよ。それに数も大量に必要だ。実験に使う素材が全く足りていないんだ」

「俺の時と生態変わったのかな。素材集めのお手伝いってことだね〜」

「そうそう」


 うんうんと頷いて微笑むルートヴィヒを見て、サーシャは頭上の二人に視線を送る。


「ちゃっと行ってちゃっと帰ってこようか。海はそれからでもいい?」

「え、それ本気で言ってるの」

「はあ? 海行きてぇっつったのクソガキだろ。もー、オレの頭海一色」

「じゃあ先に行っててよ。数日あれば合流できると思うから」

「サーシャ抜きで一体海の何が楽しいの。やめて」

「こいつと二人とかジョーダン。やめろ」


 同時に否定されてサーシャは頭をひねる。発想が同じで仲が良いことだと思う。


 ロック鳥の生息区域はガガ渓谷という美しい川通りだ。渓谷の近くには幼少期に遊んだ知り合いも住んでいる。ついでに顔を覗かせてもいいかもしれない。


「ならガガ渓谷に一緒行こ〜。おじいちゃんにも久々会えるかも」

「げ、あのクソジジイんとこかよ。口うるせぇの行きたくねー」

「無理に来なくて良いから。僕とサーシャだけで行く」

「ウッザ! いちいちウッザ!」


「サーシャ?」


 ふわりと目の前のルートヴィヒが微笑んで、注目すべき対象を己へと導いた。凄い引力だな、とサーシャは感心する。


 そういえば精霊神の二人は例に漏れず気配を消しているのだった。

 完全に独り言を言って勝手に百面相をしているサーシャは、少し恥ずかしくなる。大体二人とも普通に自分に見えて触れるので、他に見えないと言われてもなかなかそう上手く対処出来ない。

 不可抗力である。


「おっけ、助力しましょ〜」

「ありがとう。助かる」


 空中の二人が訝しげに眉を寄せた。

 何故突然優先順位を変えたのだ、という不満がありありとわかる。サーシャはあまり不自然にならないよう、ルーナの服の裾を掴み自分へと誘った。こそりと、たった今思い出したばかりのことを告げる。


「そういえば、昔この人にお世話になったことあるんだった〜」

「いつ」

「寮塔調べしてた時。図書室使えるよう口利きしてくれた」

「そんな事あったの」

「ちょろっと恩返しする」


 実際には学園の図書室では収穫は得られなかったものの、あの時の親切は嬉しかった。

 ならばそんなに難しくない討伐の依頼を意地になって断る必要もない。


「よろしく、サーシャ」

「うん。君の名前はなんだっけ?」

「ルートヴィヒ。好きに呼んでいい」

「ルートヴィヒ。よろしく〜」


 自己紹介を済ませた途端、「様を付けろ!」と外野から怒鳴られた。よって訂正する。


「サマルートヴィヒ。よろしく」

「フフ。君、思った以上にアホだな?」


 握手を交わして、とりあえずその場は解散した。

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