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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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28. Aクラス混乱


 事件は突然起こった。


 普段貴族らしく優雅に研究を重ねているAクラスに怒号が響き渡る。

 数式解析チームが計算を誤り、必要な素材が圧倒的に足りないという事態が発覚した。王族への納期は残り一ヶ月しかない。


 本来ならば素材が揃ってる前提で研究を行い結果を献上しているため期日は充分にあった。素材集めからというのは想定していない。

 納期に結果が出せていないなど言語同断、学園としても信用問題に関わる。生徒だけでなく教師側もひどく狼狽えている。


「何故こんなミスをした!」

「あなただって気づいていなかっただろう!」

「我々は我々の仕事がある! 貴殿らのミスは自ら償え!」


 言い争うクラスメイトを見て、少し離れたところにいたルートヴィヒは辟易と目を伏せた。

 どうしたのものか考えていると、まぶたの裏側で呑気な少年が浮かび上がる。ヘラヘラと緊張感なく笑って口を開いた。



 「──無いなら買って来たら?」

 想像だが、如何にも言いそうで笑える。

 何も知らず、自分のこと以外目に映っていないだろうサーシャは、とことん世間知らずである。


 この大陸には生息しない希少な鳥なんだよ。買えるものではない。


 口汚い罵りが飛び交う喧噪の中、想像のサーシャは静かに首を傾げる。

 彼の発想は突拍子もなく、常識に縛られない。その発想力は陰ながらルートヴィヒの手助けとなった。

「ならちょっと行って取って来ればいいんじゃない」


 …………。


 ルートヴィヒの唇が愉悦から弧を描く。


 ああ、そうだな。その通りだ。


 飛空艇を使えば半月程で往復できるだろう。数日で魔物を仕留め、素材を手にすればいい。

 実験なんて一週間やそこらで終わる。構想はすでに練っているのだから。

 ルートヴィヒは音もなく静かに手を挙げ、声をかけた。凛とした声色は喧噪をいとも簡単に搔き消し、全生徒が彼に注目する。


「私が現地へ向かい調達して来よう。それゆえ、これ以上の言い合いは必要ない」


 生徒たちは息を吞み、そこでルートヴィヒが微笑んだので一瞬見惚れた。しかし我に返りすぐに頭を振る。一方で納得し頷く者もいる。


「いや、無理だ。行くまでに相当の日数がかかる」

「道中魔物が襲わないとも限らない」

「ならば護衛として騎士団を雇おう。依頼を出す手筈を」

「まさか。素材はロック鳥の心臓だぞ。戦うのは無理だ」

「いや、ルートヴィヒ様ならば、あるいは」


 口々に囀る雛のような生徒たちへルートヴィヒは手を挙げて囀りを制した。


「心配は無用だ。サーシャを連れて行くから」


 その一言に熱気だった空気が一気に凍り付いた。

 ありえないFクラスの生徒の名前が場違いに飛び出し、今度こそ教室は罵詈雑言で溢れかえった。生徒たち皆が「そいつが行くのなら皆で行こう」と言い出し、結局クラス全員で怪鳥の討伐に向かうことになる。


 早速出発だ、と飛空艇に準備のために従者を向かわせ、ルートヴィヒ本人はサーシャの教室へ向かった。

 呼んでもないのに級友たちもついてくる。曰く、粗悪な空間に高貴なお方を一人行かせるわけにはいかないと。過保護なことだ、と特別窘めはしない。むしろ素直に感心した。


 ルートヴィヒは一般的な貴族である。他の生徒と変わらない身分なのになぜそこまで崇めてくれるのか。

 Fクラスに着き、級友が「私が」と先頭に立った。ノックもなしに扉を開けるので随分不躾だと呆れる。その視線に気づいた級友は下々の人間に作用など不要だ、と言った。


「おい、そこの生徒、…………」


 扉をくぐった級友のセリフが急に途切れた。疑問を抱いた別の生徒も教室に入る。

 Fクラスの生徒たちは突然のAクラスの登場に驚き、顔を見合わせている。今日はそこそこ生徒が揃っているようだ、とルートヴィヒは思う。Fクラスの教師生徒両者のサボりぐせを知らない者はいない。


「えと、……」

「……あれ?」


 踏鞴を踏む先陣に業を煮やした級友も、教室に入った途端キョトンとした顔に変わる。不思議そうな顔でこちらを振り返るので、ルートヴィヒはもしや、と思いながら頭が痛くなった。


「俺たち、ここに何しに来たんだっけ」

「…………」

「私たち、一体?」

「いえ、知りませんが」


 Fクラスの生徒たちも動揺し、しかし律儀に応答した。


「サーシャ」


 凛と芯のある声が廊下に通る。

 ルートヴィヒはため息をついて教室の扉に手をかけ一歩前に進み出た。強引に意識を奪われるような、頭が重く朦朧とする感覚を振り払いもう一度彼の名を呼ぶ。


「サーシャ、いるんだろう」


 級友は呼ばれた名に、かの人に関する情報摂取を厭うように目を濁らせる。完全に意識外に追い出している。

 ルートヴィヒはこの魔術を面白く感じるが、自分が管理下に入るとなると酷く不愉快だ。


 視界の隅で何かが横切った。

 自分たちが立っている反対側の教室の扉が静かに開く。ルートヴィヒの目があの羽衣を捕らえた。

 やはり楽しげな様子で、そしてこちらのことを一切気にかけていない少年はマイペースに廊下を歩いていく。あんなに騒いでいるのに気づいていないとは、と神経の図太さに恐れ入る。


「サーシャ」

「ん」


 何度目かの呼びかけに、ようやくサーシャはルートヴィヒに意識を向けた。薄い羽衣の奥で大きな瞳が見開かれ、同時にルートヴィヒはその羽衣を奪う。


 ふっと視界が開けた。

 意識の混濁も解け、スッキリした気分だ。


「あ、この前の人だ〜」


 羽衣は以前見た時と違い、同系色の刺繍が施されていた。

 この紋様が隠蔽魔術の威力を倍増させている。羽衣を奪われてヘラヘラ笑う少年に、ルートヴィヒは一種の脱力感を感じ彼の肩に手を置いた。


「今後、私の前から消えることを禁ずる」

「何で?」


 いきなりなんなんだ、と野生児は首を傾げた。

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