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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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26. 少年への経過


 あっという間に数年が経ち、サーシャ達はすくすくと成長を遂げた。


 尤も精霊神は成長という概念がないのでサーシャに合わせて姿を変えているだけだが。

 ルーナの髪は相変わらず地面につくすれすれまで伸びており、彼が浮遊するたびに渦を巻いて光の線が流れた。イグニスは紅蓮の炎のように短髪を揺らめかせている。上半身裸で小麦色に焼けた肌は健康的で活発な印象を与えた。


 二人ともサーシャより頭一つ分背が高い。

 サーシャ自身同世代に比べると背は高い方だが、この二人と並ぶと弟感が否めない。いつもちょっと年上で姿を固定するのだから、たまには幼児に姿を戻しても新鮮な気持ちになりそうなのに。


 サーシャは相変わらずFクラスのままである。

 クラスは一年ごとに成績の見直しが実施され、再振り分けがなされる。大抵の生徒は一つグレードを上げたり、逆に下げたりと地味にクラスの面子を変えるのだが、サーシャに関しては言わずものがな。


 授業内容を全く理解せず、むしろ聞いてすらおらず、テストの成績は当然振るわない自分が向かうところは最下層のクラス以外はない。変わらないクラスの雰囲気や待遇に元々意識を向けていなかったがすっかり慣れてしまった。


 唯一変わったことといえば担任の交代である。

 成人を迎えた担任は戦争のため召集されて行った。代わりに女性の担任が赴任し、Fクラスの面倒を見ることになったが、実はサーシャは新しい担任の顔を見たことがない。


 Fクラスの冷遇はむしろ普通で、名ばかり担任、あるいは各教科の授業を教師側がボイコットするのは珍しくないのだ。勝手にやって、勝手に卒業しろ、という素晴らしい放任主義。ある意味前任の担任が真面目すぎた。

 真面目の証拠として、未だに戦地の担任からサーシャへ手紙が届く。それは彼が無事であるという証明となるのだが、サーシャは特に何も思わず返事もたまに返す程度だ。


「元気でいるか」「怪我はしていないか」「勉強についていけるか」とこちらのことばかりで、戦地側のことが一切書かれていない。あまり見るところがない。

「元気です。先生もお元気で」と定型文を送るだけの単調な作業である。前担任の意図はわかっている。返事が欲しいわけではなく、単純に今の担任に迷惑をかけるなという忠告なのだ。


 いちいち真面目だな〜。


 今日届いたばかりの手紙をしまってサーシャは教室に向かった。

 高等部になると授業塔が変わる。初等部、中等部と其々に塔が別れており建物内から行き来はできない。そのため建物内で顔を合わせるのは同世代の子供たちだけだ。


 ある種の有名人であるサーシャは行くところ行くところで罵倒が絶えない。罵倒くらいは特に気にしないが物を投げられたり、隠されたりするのはちょっと煩わしい。何かいい策はないものか、と思う。いつも流していたがそろそろ真剣に対策を考えよう。


 教室に向かっていた足を止めて、サーシャは園庭に方向転換した。

 どうせFクラスに人は来ない。先生は勿論、生徒ですら自らの成績に悲観し自暴自棄になっている。行っても一日中少数で自習が続くだけだ。


「ルーナ」

「何?」


 呼ぶと、空中から溶け出すように現れた。待機でもしていたかのように反応が早い。


「俺にも気配の消し方教えて〜」

「人間には無理でしょ」

「じゃあ何か都合のいいアイテムを作る」

「君、そういうの得意だよね」


 元々精霊神の基準にサーシャ自身を合わせていなかった。

 適正ゼロの称号は数年たってもサーシャただ一人に与えられ、本人も魔術に関しては自分に期待をしていない。ならばと、代替手段を初めから視野に入れていたのだ。サーシャはごそごそと学生鞄から地図を取り出す。指差したところははたまた距離のある雪山だ。


「ここに行きたいから、飛ばしてくれる?」

「僕も行く」

「じゃあ一緒行こ〜」


 ルーナが手を差し出し、いつもならば黙って手を握り転移を始めるのだが、今日のサーシャは難しい顔をしてルーナの手を見ている。子供の頃とは違いお互い少年らしく、しっかりした手になった。

 それなりにいい年になった少年が仲良くお手手を繋いでお出かけ、とはちょっとかっこ悪くないか。

 確かにルーナは人に見えていないし気にするのは可笑しいかもしれないが、サーシャとしては割と本気で考えている。


「なに?」


 不思議な顔をしたルーナはサーシャへと手を伸ばす。それを避けて少年は首を傾げた。


「手を繋がなくても移動できるんじゃない? 要はルーナの魔法範囲内に居ればいいんでしょ」

「同程度の魔力を持っているのならそうかもしれない。でもサーシャと僕じゃ差がありすぎるし」

「ふむふむ」

「うまく誘導するにはどこか触れていた方が僕としてはやりやすい。手が嫌なら腰でも抱こうか?」

「えー」


 ぐいっと腰を引き寄せられて、サーシャはちょっとショックを受けながら「やっぱいい」と体を離した。人間としてのちっさなプライドを見透かしたように笑うので、サーシャはだんだんどうでもいいことのように思えた。


「ん、じゃあいつも通りよろしく〜」

「うん」


 ぎゅっと強く手を握られ転移が始まる。体が消える直前イグニスが現れ、揶揄うようにニンマリと笑った。


「んなの、口実に決まってんだろ」と口が動いて、ルーナは端正な顔を嫌そうに歪めた。

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