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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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25. 新しい部屋


 LOVELY DOG HOUSEはケルベロスのクーロのために作られた家である。

 どの辺りがラブリーなのか疑問があったが、恐ろしい顔に反して懐っこい仕草は確かに愛らしい。


 元飼い主は「親愛なる友人」クーロと共に、幸せな日々を過ごしていた。

 しかしいずれはどちらかの寿命が尽きるもの。長年共にしたクーロが先に旅立ってしまう。

 悲しみにくれた飼い主はクーロのために鎮魂塔としてこの塔をそのまま残した。クーロではないクーロの形をしたシステムを門番として置いて。


 そうして月日が経ち、飼い主も旅立つ。

 残されたクーロはシステムとして永遠の命を紡いでいく。

 たった一人で、もう会えない飼い主を待ち続けて。



 サーシャ達が初めてケルベロスに会い、そして寮塔入り口まで飛ばされたあの日。寮の看板のその文字がケルベロスのことであるとサーシャの中でリンクした。

 そして残念ながら彼女は生命ではないということも。

 一見して生命力溢れる彼女だったが全てに置いてこちらのアクション待ちであった。

 意思を持たず、属性に縛られず、ただの受け身で応答する存在に、彼女はそういう風に作られたのだと思った。


 作られたのであれば、決まった手順で操作をする方法がある。

 何らかのスイッチがどこかにあるのか。パスワードを打ち込むのか、体の一部分で制作者だと認識させるのか、特別な魔力を流して起動させるのか。


 王立図書館で調べたが寮塔に関する書籍はなかった。魔術師学園設立の歴史の中に何らかのヒントがないかと読み込んだが一切の記述がない。

 現在平凡な生徒の宿舎として使用されている塔に、目を向けるほどの価値はないのだ。


 王立図書館に比べ所蔵数は落ちるが、次にあるとすれば学園内の図書館だ。学園に特化した書籍が多く、期待していたが目当てのものは見つからない。

 本という形には残っていないのでは、と考えて学園内をぐるぐるしていたがまた偶然担任と鉢合わせ「大人しく養生していろ」と強制的にベッドへ運ばれる。

 すぐ抜け出たが。


 寮塔に戻って、あることに気づいて少しばかりがっかりした。初めから全て、材料はここにあったのだ。


 玄関ホール中央にある変なオブジェ。

 色とりどりの円飾りに彩られた碑石に古代文字で書かれている。『親愛なる友人、ここに眠る』と。

 いや、初めはオブジェに何も書いていなかった。彫刻できるスペースなく円飾りに全体埋められていたはずだ。


 オブジェが何らかのきっかけで装いを変えたのだ。

 試しに通行人の生徒に何か書いてあるかと問うたが、嫌そうに顔を歪めて「頭おかしい。何もねーよ」と呟かれた。

 その後寮母が来て「このオブジェは有名な建築家の遺作であり……」と自慢が始まったのでさっさとその場を後にした。


 期待していなかった図書コーナーにサーシャの欲しかった情報があって歓喜した。

 黒犬の名前はクーロといい、その子は生前飼い主と様々な遊びをした。中でも一番のお気に入りはボール遊びで、流れるように複数のボールを投げて空中でキャッチするのを得意としたという。


 投げる順番にも拘りがある。そこですぐに思いついたのが玄関ホールのオブジェだ。あの順番に投げろということだ。


 これが起動のパスワードだったらいいなぁ〜。


 そうしてサーシャは各階層に落ちている変なもののうち、ボールだけを拾えるだけ拾ってクーロと対面した。

 ちなみにボール以外にも骨やフリスビー、人形とかもあった。

 手順通りにボールを投げて、システムであるクーロは無事にこちらの意図を組んでくれることになった。



「と、いう感じです」

「全然わかんねー」


 部屋(ホール)が解放され、引っ越し作業に追われながらサーシャはイグニスに説明を行った。

 確かに何となく感覚的に進めたので、絶対にこれだ、という確信を持つには薄いかもしれない。

 ダメだった時はまた別の手を考えるだけだ。


 ルーナの空間魔法で荷物を運んでもらい、指示を待つクーロへと駆け寄った。三つの頭は鼻を鳴らして、サーシャの動きを追いかけている。


「ダディ、ワタシナニスル?」

「ここに壁作れる? 三部屋分の仕切りが欲しい」

「リョウカイ」


 クーロが前足で床を軽く叩くとヌルヌルと床が盛り上がり、それは天井まで伸びて壁となった。


「何でもありだね」

「ね〜」


 常々魔法でやりたい放題しているルーナがそういうのが何だかおかしい。

 クーロとあれこれ話しながら無事に三つの部屋が出来上がる。以前と比べると天と地の差の違いがあるほど広い。


 サーシャはベッドを運び、本棚や学習机を設置した。にしても随分広い。

 ただ広すぎるというのも何だか落ち着かないな、と考え部屋の中にさらに壁を増やして用途ごとに部屋を使い分けることにした。


 部屋の配置は三人で相談してこんな感じにした。

 塔の中央に螺旋階段の出入り口があるのでその扉を囲むように通路、そのさらに周りにサーシャ達の部屋を設置。

 ドーナツ型に出来た部屋を三等分に分けて各部屋の間に通路を作った。

 テラスに出る用の通路である。部屋の外周には外から風が流れるよう窓を作り、折角なのでテラスも作ってみた。


 部屋も経由してテラスに出られるが、外から帰って来た時直通で迎える通路もあった方がいい。

 簡単な作りだけれど、まずはこんなものでいいだろう、とサーシャはルーナを窺った。ルーナは頷き、イグニスは当初からどうでも良さそうにベッドで寝ていた。


 話し合った「三人」というのはイグニスではなくクーロを加えた三人である。

 クーロは管理システムなので部屋を必要としない。姿を消すこともできる。門番という理由で階段の出入り口がある廊下が普段の居場所と決まった。


「ダディ、テンイテン コウシンヒツヨウ」

「あ、転移システムあるんだね。確かに一回ずつ登るの大変〜」


 ワクワクしながらサーシャはクーロへと手を差し出した。

 その手をクーロはパクリと咥える。暖かな吐息を感じ、まるで本当に生きているようだ。


「ダディ、ジョウホウコウシン。ワタシ ヨンデ ココトベル」

「へ〜」


 口から手を離され、見ると僅かに歯型に血が滲んでいる。血液で使用者を登録しているのか。

 次はルーナとイグニスの番だ。

 振り返ると二人は完全にこちらを無視して顔を背けているので不思議に思った。


「獣に齧られるとかキモー」

「それより塔内での魔法制限解除するよう言ってくれる? 僕らはそれで飛べるから」

「わかった〜」


 クーロに頼むと快くデータを書き換えてくれた。

 その後ろでクーロには見えていない飼い主が満足げに頷いている。あの人は一体何者なのだろうと気になったが、サーシャはゆるく疑問を流した。

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