24. ケルベロス再戦?
翌日、サーシャは当然授業を休み、調べ物に時間を費やした。担任曰く大怪我だったので快く休みをもらうことができた。
街の図書館へ数日ばかり通い詰め、目当ての情報を探すが見つからない。ただただ日にちばかりが過ぎ、サーシャはうーん、と首を傾げた。
王立図書館と称される図書館なので所蔵数がえげつない。寮塔ほどではないがそれなりにでかい敷地に所狭しと色んなジャンルの書籍があるのだから探すのも一苦労だ。
しかし学園に関する書物が極端に少ない。魔術関連はフロア三階分を陣取っているくせに学園をテーマにした書籍は本棚一つ分のみ。
これでも多い方なのかもしれないが、ふんわりとした情報しかないので得られるものがない。
情報統制されてるのかな〜。
成果なく、サーシャは学園に帰る。
学園に関する本は学園にあるのかもしれない。
しかし学園内の図書館に着いた途端いきなりの門前払いを喰らった。「Fクラスがこんなところ来るな」とリアルに塩を巻かれて思わず真顔になる。
聞くと図書室はAクラス専用。Aクラスに口利きがあればBやCも使用できるがFクラスは論外のようだった。
それでも諦めきれずウロウロしていると、
「どうかしたのか」
と、凛とした声が廊下に響きサーシャは振り返った。
以前どこかで見たことがある少年が眉を顰めて立っている。これこれこうで、と事情を話すと、珍しくもその生徒は「そうか、おいで」と中へ案内してくれた。
自分を疎まずに対応してくれるなんて、何とも珍しい。
サーシャは後ろからウェーブのかかった黒髪が靡くのを眺めた。サーシャが図書館へ入ると当然怒号が飛び交ったが、隣に立つ少年を見て瞬く間に怒りの声が消えていった。
「ほら、自由に見ておいで。案内しようか?」
「大丈夫。ありがと〜」
見たところ同学年だ。
頭を下げて、目的の本探しに向かった。
なかった。
学園内の図書館も数日見たが見つからない。
困ったなー。
そこらへんを歩き回って収穫もなく、サーシャは寮塔に戻って来た。
寮塔入り口に掲げられた看板を見上げる。金色のプレートに施された文字を見て首を傾げる。ずっと前から疑問だったのだ。寮塔を揶揄する言葉はここから来ていることに。
中に入ると正面玄関に変なオブジェが飾られている。
それを通過し、サーシャは一階奥の簡易的な図書室に向かった。図書室というより図書コーナーだ。談話室のブックスタンドに数冊置かれているだけ。ここはないだろうと後回しにしていた。
ダメ元で数冊引き抜きパラパラと中身をめくる。
あら〜。
サーシャは本を手にしたまま近くの机を陣取った。
他の生徒たちは露骨に眉を寄せて罵声を飛ばすが当の本人の耳には届いていない。
サーシャの持つ本は「親愛なる友人」と書かれている。今まで誰一人手に取ることがなかった謎のラインナップの本を黙々と読み始めた。
翌朝、サーシャは早々に着替えて部屋を出た。
「ちょっと行ってくるね〜」
「ん、頑張れー」
「何日かかってんだよ、のろま」
ルーナが声援を飛ばす一方で、イグニスの方は苛立ちの為か蹴りを入れた。ポンっと上に蹴り上げられ、腕の中でサーシャをキャッチする。
今日のイグニスは青年の姿だ。
「おら、行くぞ」
「出来れば普通に運んでくれるとありがたいんですけど」
「手伝ってやんだから感謝しろ」
「じゃー甘えます」
部屋を出る直前、ルーナと目があった。
「なんだかんだ、甘いよね」と呆れた視線がぶつかり、サーシャは黙って頷いた。
「で、どうすんの」
「調べ物は終わったので今日は120階まで登ります。前回60階以降の部屋見てないんでそこも見つつ登ります」
「めんどくさっ!」
「今日で部屋ができると思うんでご理解ください」
イグニスに抱えられて60階までとりあえず登った。
蒸し暑い階層で一部屋一部屋扉を開ける。時々変な物が落ちていてサーシャはそれを拾った。
「なにそれ」
「必要になるものです」
「遊んでるよーにしか見えねーんだけど」
「まあ、遊んでますし」
蹴られた。
両手いっぱいに収穫物を持って二人は早々に120階へ辿り着く。自分一人ならばもっと時間がかかったはずだが、イグニスが運んでくれたので随分時間短縮となった。
前回は気づかなかったが120階の扉の上に何かある。金色のプレートに書かれたそれを見て、サーシャは頷いた。
扉を開けるとやはり真っ暗で、二人が入ると音もなく閉まる。
前の時はイグニスは面倒ごとを避けて部屋の隅に寄ってしまったが、今日はサーシャを抱えたままだ。
「もう降ろしていいですよ」
「怪我すんのやじゃん。見ててイラつくからこのまま」
ぎゅっと腕に力が加わり、サーシャはイグニスを見た。
つまり抱えながら黒犬からの攻撃を避けてくれるということだ。言動が全然一致しない青年だな、と思いながら「大丈夫です」と腕から抜け出た。
「今日は遊ぶだけなんで」
サーシャの言葉と共に闇の中からケルベロスが姿を現す。ひたりひたり、とゆっくりとこちらへ近づき威嚇のために唸っている。鬼火がゆらゆらとあたりに舞う。
サーシャは手に持っていた物をケルベロスに差し出した。
ケルベロスの唸りがピタリと止まる。
「一緒に遊びましょう」
そう言ってサーシャは色とりどりのボールをケルベロスに投げた。
「ワン!」
尻尾をブンブン振ってケルベロスが追いかける。
サーシャがボールを投げる。
ケルベロスが追いかける。
大きな口にボールを沢山加えてサーシャにもっともっとと強請った。
イグニスは目が点になった。
「は? ……なにこれ」
ポンポンと放っては、ケルベロスが拾って戻り、サーシャは褒めるように頭を撫でる。「もっともっと」と黒い頭をサーシャの肩に押し付けた。
フサフサの毛皮が頬に柔らかく当たる。
「遊んでるって言ったじゃないですか」
「はぁ?」
サーシャはそう言って120階の扉上にあったプレートの方を指差す。
「PLAY GROUND」と書かれている。
「ここ、この子の遊び場なんで」
「は?」
犬に強請られて、サーシャは何個もあるボールをポイポイと投げる。寮塔をグルグル回りながら、時々部屋に落ちていた謎のアレだ。
しかも見ていると投げる色に順番がある。
決まった順番に決まったタイミングで投げられたボールをケルベロスは身体全体を左右に振って追いかけている。
「ここの寮塔の名前、ずっと変だと思ってたんですよね」
「あー、犬小屋?」
「はい。寮塔の入り口には『LOVELY DOG HOUSE』のプレートがありました」
「…………」
そんなプレートあったのか。青年は見ていない。
話しながら、サーシャはボールを投げる。黒犬のテンションがやばい。
「ワンワンワンワン!」
「あはは」
燃やしたくなる衝動を抑えて、「で?」とイグニスは先を促した。
「だから、元々はこの子のお家だったんですよ。亡くなってしまった後は碑石として立っていた塔」
「…………」
「そこを寮塔としてリフォームしたんですね」
「イミわかんねー」
サーシャは首を傾げ「なら説明は後でゆっくり」と話を打ち切った。
ボールを咥えたケルベロスがサーシャの元へと戻ってきた。赤く煌めく瞳にコードが浮かぶ。それを並べ替えて製作者の遊び心が伺えるメッセージを読む。
ーDADDY, CALL MEー
「CURRO」
頭を撫でながらその名を呼んだ。
ケルベロス、ことクーロはサーシャの声に反応し、静かに体を伏せた。その瞳は幸せそうな色で満たされている。大きな口がゆっくりと開かれる。
「ダディ、ズットマッテタ」
「俺は君のダディじゃないよ」
「オネガイナァニ?」
クーロに話は通じない。設定された指示しか受信できないのはわかっている。ウルルと歓喜に喉を鳴らすクーロにサーシャは当初のお願いを告げた。
「新しい部屋をちょうだい」
「ドコデモイイヨ」
ふわりと風が凪いだかと思うと、漆黒だった部屋が白い光で満たされた。
何もない白く円形のホールが全て見渡せる。そのほんの入り口に佇んでいたサーシャ達は、改めてホールの広さを感じた。
一回層丸々の広さを有しているのだから当然と言えば当然である。
「ここ、もらっていいかな〜」
図々しいかと思われたお願いだったが、クーロは尻尾を振って喜びを伝える。クーロと飼い主の大切な場所であるはずだが、今のクーロにはわからない。
甘くサーシャの服を噛んで引き寄せ「ダディ、イッショ」と大きな体躯でそのままサーシャを包んだ。
妙な罪悪感を感じるがまあいいか、と子供は開き直る。
なぜなら天井から「良い良い」と老人が生首を覗かせながら頷いているからだ。あの人こそがクーロの飼い主だろう。
こんなに近くにいるのに感知できないなんて悲しいなー。
そう思いながら擦り寄るクーロの体を撫でた。




