23. ケルベロスとの戦い
どす黒い瘴気を放つ犬が肺に息を大きく吸い込み、直後咆哮を放つ。びりびりと痺れるように肌が震え、髪も振動のあまり浮き上がった。
「ケルベロスだ〜。絵本で見たことある」
サーシャは適度な距離を保ちながら、魔法発動の準備をする。
所詮知識は絵本なのでどんな攻撃が飛んでくるか分からない。筋骨隆々な肢体を見れば、素早さは当然脅威と想定するべき。
瞬き一つの間に目前まで迫り、回避を考える暇なく体を引き裂かれそう。
であるなら先制攻撃だ。グルグルと唸るケルベロスにサーシャは最近覚えた魔法を放った。
人差し指で距離感を測ると同時に、等間隔で火炎の起点でケルベロスを囲む。
起点が一時消えるように光を収束され、膨れ上がった熱量が大爆発を起こした。体の周りで噴火が起こり、ケルベロスは完全に炎に包まれた。
「やった〜」
イグニスと行動をするようになって、火魔法が安定して使えるようになった。威力も以前より倍増している。
ホールの一部を飲み込んだ噴火は何度か火焔を吐き出した後やがて落ち着きを取り戻し、
「あれ?」
サーシャの周りに同じように噴火を告げる起点が作成された。
「え、わわっ!」
咄嗟に円から逃れようと中心から抜け出すが、サーシャが噴火口の核になっているようで円が付いてくる。
「うそー」の言葉が次に起こった大噴火によって掻き消された。
ホールで起こった二度目の大噴火がビリビリと壁を揺らし、しかし不思議と内装を傷つけることはない。ならばこれはダミーか、と精霊神の二人はサーシャへ目を向けるが
「熱い、熱いー」
と半泣きで拙い水魔法で打ち消しを図っている。当然心配しつつも、ルーナは呆れのあまり瞳を閉じた。
「…………」
「弱っ! ダッサ!」
一方イグニスは辛辣だ。
やっと噴火が収まり、火傷を各所に負ったサーシャがよろよろと立ち上がる。
「もう帰るー」
「もうちょっと頑張って」
「こんな雑魚に手こずってんじゃねーよ」
「オニー」
ヒリヒリと全身が痛み、真上から水を被る。更に痛くて顔を顰めた。帰ったらすぐに施療塔に行こう。
今の魔法が放てるということはケルベロスは火属性だ。
見たときはわからなかったけれど戦ってみて確信した。火属性には水属性の魔法がよく効く。
手を上に掲げると、頭上で水が渦を巻く。蛇のように体をしならせる渦巻は徐々に質量を増やし、「もー、重い」のサーシャの一言でケルベロスへと襲い掛かった。
水魔法はケルベロスを直撃し、今度こそ勝利を確信した。
しかし。
「いたいいたいー」
「…………」
「遊ぶな、クソガキ」
「俺は、真剣、ですー」
サーシャの放った水魔法と同程度の水鉄砲が少年を飲み込んだ。立っていられず水流に飲み込まれ、あっぷあっぷしながらイグニスに否定の意を告げる。
勢いのままに壁に叩きつけられ、あまりの痛みにサーシャは本気で泣きたくなった。
痛いのは嫌いなのに。
水は床に溶けるように消え、全身ずぶ濡れになったサーシャはあることに気付いた。ケルベロスが仄かに水色の膜を纏っている。あれは水属性の表れだ。
あれ? さっき火魔法使ってたよね。でも今水魔法だったし。
もしやサーシャの魔法を吸収し跳ね返しているだけなのでは。
そう思い至り、風魔法でケルベロスにそよ風を吹かす。ふわりとたてがみを揺らした獣は目を細めて鋭い咆哮を放った。
ふわり
咆哮の恐ろしさとは裏腹にこちらに向けられたのは優しいそよ風。
んー、これはコピーして跳ね返してるだけなんだな。
ではどうやって倒せば良いのか、口に手を当てうんうん考えるが答えが出ない。その間何故か獣は喉を鳴らし威嚇はするものの攻撃は出ない。
完全にこちらのアクション待ちだ。
「残念、時間切れじゃ」
「え?」
「は?」
「ん?」
何処からか老齢の男の声が響く。
真っ暗だったホールに突然目が眩むような光が溢れて三人は瞳を閉じる。
再び目を開けると三人は寮塔の入り口に立っていた。
スタート地点まで飛ばされてしまったのだ。条件を誤ると全て台無しになるダンジョンは多々あるが、寮塔も同様のようだ。
しかしかなり登ったのに振り出しに戻されるなんて脱力感が凄い。
「で、どうするの?」
いち早く脱力から脱したルーナがサーシャへ尋ねる。
次に脱したイグニスは「てめえがチンタラしてっから」とサーシャを蹴飛ばした。あまり痛くなかったが。ぼんやりしたまま、二人に向き直る。
「ちょっと気になること出来たから調べ物してくる」
「僕も手伝う?」
「いや、時間かかりそうだし。大丈夫〜」
フン、とイグニスが鼻を鳴らした。
「部屋はどうすんの」
「多分それも大丈夫なんで。準備出来次第伝えます」
「また登んなら手伝うぜ」
「一人で行ってみます」
しかし今日は疲れたしあちこち痛いので解散することにした。
施療塔に行くと偶然担任に鉢合わせ、悲鳴をあげられる。
それを受け流し、自ら治療を行った。




