表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
23/153

19.イグニスの興味


 薬物学の教室は地下にある。


 高温多湿を嫌った教師が、暗所を求めて地下へ教室を建設したのだ。何故か地下に続く階段は設置せず、移動手段は小さな箱型のゴンドラだけだ。ゴンドラの動力は魔力で、二十人ほどがぎゅうぎゅうに乗っても安定して作動する。


 ぎゅっと、潰れながらイグニスが珍しそうにボタンを押す。

 ぎゅっと、潰れながらサーシャは「全階押しちゃダメです」と言う。

 ルーナは用事があるとのことで、今はいない。扉の上で鐘が鳴り目的の階へ到着する。


「変な箱」


 イグニスは興味深そうにエレベーターから降りた。二人は薄暗い石畳の廊下を、他の生徒に揉まれながら歩いていく。

 今日のイグニスはサーシャよりも少し背の高い少年の姿をしている。彼は動きやすさ重視で変えているようで、大抵は筋肉質の青年の姿だった。


「隣に並ぶなら、こんくらいが似合う」

「ふうん」


 あまり意識して考えたことがないので、曖昧に頷いた。イグニスもまた、ルーナ同様気配を消している。

 黒いローブで埋め尽くされた廊下の中に、異質に輝く紅蓮の炎。それに気付く人間はいない。見せる気をないのに、似合う似合わないを考えるのが不思議だ。


「まあ、この学園、面白えわな」

「そう思いますか?」

「よくわかんねえ魔力があって、良い感じに肌がピリピリする」

「へー」


 サーシャにはよくわからない。


「色々できそー。あ、隠し部屋作ってみねぇ?」

「隠し部屋、ですか?」

「今の部屋、狭いっつってたじゃん。ちょっと通路を歪ませれば出来んぜ」

「じゃあ手伝ってください」

「おー」


 部屋を作るとしたらどんな感じがいいのだろう。

 ベッドは三つ作るとして、その他プライベートが保たれる敷居が欲しい気がする。となると最初から三部屋確保した方がいいような。隠れ家を作るような高揚した気分で、二人はうんうんと頷く。


 生徒たちの足音しかない微妙に静かな廊下に、サーシャの声が割と響いているのに気づかない。完全に独り言をブツブツ呟く怪しい子供である。


「てか、敬語やめてくんない? あっちと随分差がある気してずりー」

「あっちとは?」

「見た目の割に年増な精霊神」

「年増って」


 サーシャが目を瞬かせる。気がする以前に、当然サーシャの中ではルーナに重きがある。100と0くらいにあからさまな差が存在する。

 しかしそれはイグニスも同じだ。イグニスにも心許す誰かがいて、他者に名を呼ばれるのを嫌う。全てわかった上で拗ねるように口を尖らせるのだから、ずるいのはどっちだ。


「神様って人間と時の流れの感じ方違ったりしないんですか」

「そー言われると分かんね。長いようなあっという間のような」

「イグニスは何歳なんですか?」

「そいや数えたことねぇな」


 う〜ん、とイグニスは天井へと飛び上がり、空中で体を反転させた。いい加減人口密度の濃さに嫌になってきたらしい。

 体を横たえて頬杖をつく。子供の姿のくせに良い腹筋が見えた。


「今度一緒に歴史の本でも読みましょうか。覚えのある出来事とかあればおおよその年齢がわかるかも」

「いや、言う程年齢知りてぇか?」

「正直あんまり」


 返ってくる質問を予想していたかのように、口を開いた途端頭を蹴られた。前の生徒の肩に頭が直撃し「すみません」と謝る。


「ちょっと、痛いですよ」

「だーかーらー、敬語やめろって」

「あなたこそ、言う程やめて欲しいんですか?」


 イグニスが口を尖らせる。


「実際そんなに拘りないですよね。……え、あ。……ちょっとっ!」


 とろりと頭の上に溶岩流を垂らされ、慌てて列の最後尾、群衆から外れた場所へ逃げた。自分は熱くないが、周りの生徒にどう影響が出るかわからない。


 頬を滑ってポタポタ石畳に落ちるマグマは、容赦無く地面に穴を開けていく。天井の低い空間に黒い煙が立ち込め、生徒たちは訝しげに後ろを振り返る。

 最後尾は煙に包まれ何も見えない。


「なんで意地なってんだよ。怒ってんの?」

「いえ、意地になってるわけではなく」


 黒煙の中心で、サーシャが首を傾げた。


「イグニスは大人の格好の方が多いから。ついそっちが出ちゃうんですよね」

「じゃあ、もうずっとガキのままでいる」

「あなたの方こそ、なんか意地になってません?」

「なってねーよ、バーカ」


 ふわりと煙の中からイグニスが出ていく。

 一体なんなんだ、と思いながらサーシャも黒煙から抜け出た。


 教室に着くと全ての席が埋まっていた。

 薬物学は選択科目である。また、若干地味な部類にあるためFクラスには不評な科目である。いつもなら生徒の数より机の数の方は多いはずだが。

 前の席にはいくらか余裕が見えるが、後ろの席は相席の相席といった様相をしていて、すでに空席はない。


「なんだって全クラス合同授業なんだよ。座れねえじゃん」

「教諭が明日から出張なんだって。一週間分まとめて授業するって言ってた」

「Aクラスの奴らばっか悠々と座りやがって」


 と近くの生徒が話していたので大体の事情がわかった。立ち見の生徒もちらほらいるのでその中に混じる。しかしサーシャに触れると魔力が下がる、と言う呪いの噂が流れているので自然に周りが離れた。


 ゆっくり見れて何よりである。

 そうこうしていると教師が入ってきて、ぎゅうぎゅう詰めの教室を一瞥すると授業を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ