17. 契約の儀
「つーか、そいつがいるのにオレを欲しがるとか節操なくね?」
「え?」
「まー、どうでもいいけど。でもうぜーからあんま頼ってくんなよな。あと良い気になんのも無し。邪魔になったら殺すからそのつもりで」
イグニスが何やら言っているが、殆どサーシャの耳に届いていない。それよりも、何故か顔色を青くして黙り込んでしまったルーナが気がかりだ。
合宿中、ルーナが人外であることを告白してくれたが『精霊神』というのには考えが至らなかった。実際サーシャにとって、本当にどうでも良いことなのだ。種族が何であれ、人であれ、神であれ、ルーナがルーナなのなら大したことではない。
これから先もずっと友達でいてくれるのなら、それで十分。だから何をそんなに気にしているのかが理解できない。
「ルーナ?」
手を握ると、長いまつ毛を震わせて耐えるように瞳を閉じた。少しだけ抱きしめられて「ちょっと頭冷やしてくる」とどこかに消えてしまった。
残されたサーシャとイグニスはどちらともなく目を見合わせる。
「何あいつ、ああいうキャラなん?」
***********
学園に戻って翌日から行われるのは契約の儀である。
言うまでもなくAクラスはとっくの昔に(半月以上前に)終わっている。
そして帰宅が一番遅いFクラスが最終日に泥を塗る。ランクの低い精霊と契約を交わして何になる、神官の拘束時間を無駄にするな、と言う揶揄まで飛び交う。
サーシャは精霊を捕えなかったし、契約するつもりもなかったので黙って見学席に座った。
「なんだありゃ? 意味不明」
「俺も詳しくはわからないですけど」
サーシャの隣に浮かぶイグニスは退屈のあまり大きく欠伸をした。空中で体を捻らせ、そのまま横に態勢をかえ頬杖をついて浮遊する。羨ましいくらい綺麗に割れた腹筋が目についた。
クラスメイトが大事そうに鳥籠を抱えて壇上を上がっていく。祭壇には白の法衣を纏った神官が立っていて、錫杖を二度鳴らし儀式の開始を伝えた。
生徒が籠を祭壇に置く。神官と生徒が共に経典を読み上げて、錫杖が籠の上を撫でるように回された。
「ん〜?」
イグニスは目を細めてカゴを見るが、何かを捉えることはできなかった。
「見えないのは精霊が精神体だからですよ」
「いやそれは知ってっけど」
「あ、でもイグニスも精霊ですよね。何で見えるんでしょう」
「そりゃ魔力量の桁が違うから」
「へえ」
なんてことない雑談をしていると、儀式は恙無く進行していった。生徒が恭しい手つきで鳥籠の扉を開ける。錫杖が生徒の心臓へ向きシャランと透明な音を立てた。
「これにて火精霊と生徒の契約の儀が交わされた」
と、高らかに神官は宣言し、Fクラスからまばらな拍手が上がる。他の見物人は見下したような目で見るのみで両の手は動かない。
「あ、わかった」
イグニスがぽん、と手のひらを叩く。拍手かと思われたがそうではないようだ。
「あれ、ガチで何もいないぜ。そーゆー寸劇してるだけだわ」
「どういうことですか?」
「だってオレ精霊神だし。手下の姿も見えないとか、流石にねーよ」
「なるほど」
納得して、鳥籠を持つ生徒たちを見る。
「Fクラスだから、捕まえたと勘違いしちゃったとかですかね」
「知んねーけど。子供はまだしも大人も分からず、対応してんの滑稽」
ケラケラと腹を抱えて笑う。
悪意を隠さないイグニスに、サーシャはゆるく首を傾げた。
「この学園、かなり格差があるんです。多分Fクラスにはちゃんとした調査が入らないんだと思います」
「はぁ。人間はやっぱよくわかんねーな」
儀式の途中だったが、単なる小芝居に欠伸が止まらないイグニスは、サーシャの腹に手を伸ばす。そのままひょいっと脇に抱える。
「ん?」
「どっか行こーぜ」
「あの、歩けるんで降ろして下さい」
「その短い足で一歩あたり何ミリ進めんの?」
揶揄いには答えずに、するりとイグニスの腕から逃れる。しかし、確かに講堂にいたい気分ではなかったので、気の向くままに園庭へと向かった。
「どうしたー? 心ここにあらずじゃん?」
「当然でしょう。ルーナが気がかりなんです」
「思ったけど、お前らの関係って何なの」
「友達です」
悲しそうな顔が頭から離れず、サーシャは目的もなく園庭を回る。グルグルと終わりのない周回に、イグニスは呆れて声を出した。
「聞きゃいいじゃん。あいつの憂いが何か。オレも『精霊神』だぜ?」
「じゃあ聞きますけど、神様にとって人と神ってそんなに差があるものなんですか?」
「人間の台詞じゃねーな」
愉快そうに笑うイグニスを流す。
「人と神って友達にはなれないんですか? 何がそんなに不安なんですか」
「あー、お前、根本ずれてっから」
「どのあたりが」
褐色の喉が音を立てた。
先日の様子からするに。ルーナは「人外」であることに負い目を感じていたように思える。サーシャには理解不能な感情だが、もしや神の世界にはそう言ったルールがあるのではないかと考えたのだ。
人と神は交われない法や、あるいは概念があるのではないか。しかしそうではない、とイグニスは笑う。質問をして良い、と言ったくせに真剣に考えていないのが明白だ。
「呑気なガキだと思ってたけど、意外に余裕ねえのな」
「…………」
「愛されてて良いね〜」
「もういいです」
揶揄うイグニスを振り切るように歩くと、ふわりと抱き上げられた。鍛え上げられた肢体に腰から持ち上げられて、そのまま宙へと浮かぶ。
(いい加減、子供扱いやめてほしいなあ)
サーシャはうんざりとため息をついた。




