2. 初めての友達
「あ!」
白銀の髪が涼やかに風に揺れる。
サーシャを見て無表情な瞳は不愉快を隠さず色を濃くした。しかしそれでも子供の来訪は素直に嬉しい。
どうやって来たのか知らないがきっと魔法だろう。姉もそうだが魔法はつくづく万能である。
「きてくれたの? うれしい!」
昨日、初めての同世代との邂逅に、嬉しさのあまり手を握った。暴風に手を阻まれた存在が今自分の目の前にいる。
思いのままに扉を全開に開け、喜びを伝えるべく再びその手を握る。子供は益々眉を寄せてサーシャの手を握り返した。
「これ、取れないんだけど」
「え? ……あ」
見ると子供の手は指型に浅葱色で染まっている。一方でサーシャの掌は一面その色で埋め尽くされていた。指型の犯人は一目瞭然であった。と同時に何故自分の手が変色しているのか不思議で。
じっと手を見ていたら子供は呆れたようにため息を吐いた。
「まあ、いいけど。ほら、遊びに行こう」
「あそび?」
「友達になろうって言ってたでしょ」
「ともだち!」
昨日皆まで言えなかった言葉がきちんと相手に届いていた。その事実が嬉しくて嬉しくて、言葉で伝えきれない思いが溢れ出す。
子供は複雑そうに目を細め、一方で手を握る力は強まる。
「行こう」
手の力とは違う穏やかな浮遊に誘われて、一歩踏み出すとそのまま景色が変わった。繋がれた手の間から白い光が漏れ出る。移動魔法の原理はつくづく不明だ。
飛んだ先は目にも鮮やかな花畑。風が吹くたびに花弁のシャワーが渦を巻く。
「わ」
花弁の竜巻が顔面に直撃し、サーシャは思わず目をつぶった。質量などそうない筈なのに意外に痛い。
ふっと笑い声がしてそちらを向くと子供が無表情ながら唇と歪ませている。笑っているのだとわかった。
「なんで」という言葉は第二陣の花弁によって掻き消される。
口の中にも花弁が入って来て、微かな甘い匂いに顔を拭う。
瞬間大量の花弁が頭上から降って来てどさどさっとサーシャの体は完全に埋まってしまった。
「仕返しだよ」
「なんの」と言いかけて、子供のまだらに青くなった手を見る。納得すると共に、言っていない言葉にサーシャは気づいた。
「ごめんね」
サーシャを中心に花弁の竜巻が巻き上がる。痛いけど綺麗だ。
そこへちょうど見知らぬ女性が通りかかり、援護を申し出てくれた。女性の力を借り、人差し指で軽く空中を薙ぐと花弁の風が子供に直撃した。反撃に出られると思っていなかった銀色は、驚き、そしてゆるゆると嬉しそうに色を染める。
「やったな」
「あはは!」
お互い髪も服も花弁まみれで何度も何度も花弁を掛け合った。
「ルーナリア! つぎはあっち行こう!」
「ルーナでいい。サーシャ、その前に休憩しよう」
遊んでいたら不意に手を取られ、銀色の子供ルーナは水平に風を吹かせ花弁の絨毯をひいた。早く遊びたいのにとそわつく足を我慢して留め、渋々絨毯に腰を下ろす。
二人のやりとりを見て、いつしか女性は姿を消した。
「忘れてた。これ食べて」
ルーナのカバンから出て来たのは小包装されたサンドイッチだった。続いてりんごとミルクが取り出される。カバンはルーナの掌大の大きさしかないのに、質量を超えて出て来た原理が不思議。
「お腹空いてるでしょ」
「すいてないよ」
「人は食べる生き物だ。でないと死ぬ」
「…………」
姉にそんなこと聞いたことないし、実際お腹も空いていない。死ぬとか言われても意味が飲み込めない。別に大したことでもないような。
しかしじっと見つめるルーナに根負けして渋々食べ物を貰った。
食べると口から順にホクホクと暖かくなり何だか嬉しい気持ちになる。
昨日の朝からの断食は珍しくなく、三、四日に一度りんごをかじれば食事はそれで良いと思っている。だから美味しいけれど一度にこんなには食べられない。サンドイッチを二口齧って満たされたお腹を撫でた。
残ったこれはどうしよう、森の動物たちにあげようか、なんて考えているとルーナが息を吐く。
「別のものが良かったかな」
「おいしかったよ。ありがとう」
後悔している様子の銀色の子供。意図を汲み取れずにルーナを静かに見ていると、俯いていた銀色が持ち上がりサーシャと視線を交わす。さらりと前髪を持ち上げられて視界が広がる。
「髪も伸びすぎだし。前よく見えないでしょ。切ろう」
容量不明の鞄からルーナは鋏を取り出し前髪を器用に切り揃えられていく。後ろを向くように促されお尻まであった髪の毛は肩口で揃えられた。
切られた髪はハラハラと落ちるも雪のように空中に溶けてしまう。溶ける瞬間白色の光が戯れるように発光した。
興味深げにそれを見ていると、くいっと髪を引っ張られ結われているのに気づいた。交差して結われた髪を小さく丸めて後頭部に纏められ最後にピンで止めた。
「きようだね」
「似合うよ」
露わになった目を見て、ルーナは満足げに唇に弧を描く。
それから一休みして二人は花畑の中を戯れながら探検をした。同世代との遊びはとても楽しくて。あっという間に時間は過ぎ辺りは夕暮れへと姿を変えてしまう。
(もうすぐ、かえるじかん……)
楽しい時間が終わりを迎える切なさと心細さに、思わずサーシャは唇を噛んだ。
明日もルーナと遊べるだろうか、一緒にお出かけできるだろうか。
そんな心配をよそにルーナは何とも思っていない声色で「帰ろう」と手を出した。一瞬で景色は変わり自宅の前へと飛ぶ。手を引かれ当たり前のようにルーナは木製の扉を開け入っていく。
家の中にいた姉が振り向き「あらあら」と笑った。
「サーシャと友達になったので、僕も一緒に住みます」
「あら、そうなのぉ。部屋も一緒でいい?」
「ええ?」
それでいいのか、という展開にサーシャは目を瞬かせた。確かに姉や兄はいたりいなかったりするので部屋は余りある。
しかしルーナの家族は何か思ったりしないのだろうか。子供一人いなくなればきっと心配するだろう。しかし姉もルーナも当然のように話を進め、むしろ疑問に思っている自分がおかしく思える。
いつも姉からは教えられてばかりで、ルーナも自分より賢いことに今日一日で知れた。ならばこれは普通のことなのだろう。釈然としない感情を飲み込みながら、兄がルーナのベッドを運び入れるのを目の端に入れる。
(ま〜、いっか)
何にしろ、まだルーナと共にいれるということはサーシャにとって朗報だ。
何となくルーナを覗き見ると彼もサーシャをじっと見ていた。銀色の髪が涼やかに揺れる。手を伸ばされ首筋に指が触れた。
「これ、しばらく取れないから。おあいこ」
「うん?」
不思議に思って玄関の姿見に目を向けると、首に小さく鬱血したような跡がある。花弁が肌に染み込んだのだと理解すると同時に「あ!」と小さく息を漏らした。
ルーナの手のまだら模様とサーシャの掌の青は昨日森で拾ったきのこの色と同じだ。胞子が肌をも突き抜けて染まってしまったのだ。
思い至ってきのこを入れたままの鞄を見に、慌てて部屋へと駆け上がる。お気に入りの鞄のなのに、きっと中は真っ青だ。取れるかわからないけれど早く洗わないと。
階下でルーナが小さく笑みをこぼしたのが聞こえた。