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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
19/153

15. 火の神殿


「おはよう、坊や」

「さあ行こう」


 翌朝、目を覚ますとすかさず小さき人たちが声をかけた。じっとサーシャの顔を見ていたかのように、起床のタイミングを測られている。そしてやはり彼女らには食事の概念がない。

 サーシャは空腹を感じたが、生命の在りかを感じさせない岩山と青空に食事の摂取を諦めた。もう少し我慢しよう。


「おはよ〜」


 と言って、サーシャは起き上がる。そして改めて目の前の大きな建物、白亜の神殿に目を向けた。岩山の中で、その神殿周辺だけが整備されている。しかし神殿の大部分は雨風によってか崩れ落ち、ほぼ柱だけが残っている状態だ。


 数十メートルはあろう、巨大な円柱が等間隔に何本も立っており、その隙間を潜ってサーシャは神殿へと足を踏み入れる。単純に入口がわからなかった。感覚として勝手口から不正侵入している気がして若干居心地が悪いが。


 神殿の中央には祭壇があり両脇に美しい女神の像が立っている。美しいと言っても、やはりそれらも風化していて首より上が無くなっている。


 不意に頭の隅で紅の色を纏った青年が笑みを浮かべた。知っているような、どこかで見たような、あの青年は誰だっただろうか。

 音もなく周囲を浮遊する彼らがサーシャを覗き込む。風の音だけが神殿の中に響き、サーシャは小さく息を吐いた。


「おはようございます。神様、いらっしゃいますか?」


 くるりと支柱を見回すも動きはない。そういえば、ここは聖域なのだった。


 精霊たちの森なので、神様と呼ばれるその人は精霊神に位置するのだろう。精神体の長である神は果たして人間の目に見えるのか。

 攻撃は見えたので気配は感じ取れるだろうが、感じ取ったと同時に自分が死んでしまいそうだ。


 とはいえ、精霊神に会わないことにはここから帰れない。今思うと、昨日の森の道筋は巧妙に誘導され、どう動いてもここに辿り着くよう設定されていた。崖を登っても川を降っても、見えない壁に押しやられ、結局は一本の道に戻されていたのだ。

 そして女性に言われて気づいた魔法の制限だ。昨日まで普通に使えていた風や水魔法が、神殿を見た途端制限がかかった。


 初めは気づかないくらいの緩い制限だったが、神殿に距離が近ければ近いほど強烈な魔力で以って駆逐されてしまうのだ。移動魔法は風をベースにして行われるので、完全に攻撃対象だ。どうりでうまく発動できなかったわけだ。


(初めからお姉さんに、もう帰れないって言われてたしな〜)


 山に入る時そう言われた。神様に会わないことには、聖域から出ることが出来ないのだ。


「神様〜、お家に帰りたいです」


 おもむろに手を合わせて懇願すると、ゆらりと祭壇が光る。不思議に思ってそちらに近づくと、突如床が抜けた。


 真っ逆さまに落ちながら、風魔法の制限が頭に浮かび、火属性の魔法を組み立てる。持っていた袋から毛布を取り出して、両端持った。毛布の中央に熱風を吹きかけてふわりと浮かべる。

 簡易的な気球になった布を持ちながら、数秒の落下をやり過ごした。


 降りた先は溶岩が床を駆け巡る灼熱の大地だ。落ちてきた天井はいつの間にか塞がれどこもかしこも漆黒の岩肌で覆われている。

 足場を少し外れると溶岩の川が見えた。ポコポコと気泡を吐き出すそれは確実に火傷では済まない灼熱を伝えた。すでに息もスムーズに行えない程度には熱苦しい。


 不意に視界の隅で巨大な炎が揺らめいた。目で追っていくと、溶岩の真上で重力を無視して寝そべっている男がいる。


「…………」


 炎は意思を持つようにどんどん男へ向かって集まり、息を吐き出すようにぶわりと勢いを増した。

 上半身裸の胸は筋肉が猛々しく小麦色で、薄手のズボンだけを着衣している。胸元や腕には金の装飾が所狭しと光っていた。炎を思わせる紅蓮の髪がゆらゆらと揺らめく。

 圧倒的な存在感を感じさせる彼こそが神なのだろう。


「おはようございます。神様」


 そう言うと、男はゆっくりとサーシャへと目を向ける。胡乱な目つきのそれは決して歓迎していない。開口することもなく指で空中を弾いた。


「ちょ、えッ」


 巨大な火焔を放たれ、それを寸前で避ける。


 ある意味想定していた。彼はきっと人の話を聞かない。

 聖域に入ってからの問答無用の仕打ちに、彼はそう言う性格なのだろうと思っていたのだ。サーシャが避けるその先を見据えるように火炎を放られて、逃げ惑うサーシャは後ろを振り返る。


 炎は大地に燃え移り、消える事なく壁となってサーシャを追ってくる。話どころではない状況に、「ちょっと〜」と間の抜けたため息を漏らした。幾度目かの火焔を避けてサーシャは神様へと向き直る。


「イグニリスティ!」


 口が勝手にその名を紡いだ。

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