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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
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25. 若い男の話③

 

 彼は共にいると宣言し、言葉に違わず、子供をそばに置いた。

 置いたというより子供のほうが男から離れなかった。間抜けはどちらかといえば疎ましいし、好きか嫌いかならば嫌いの部類に入る。けれども、自分を救ってくれる唯一の存在ともなれば、自ずと損得勘定のままに動くのは当然だろう。

 間抜けは子供の家に住み着き、親のように世話を働き、自頭が悪い癖に学問を説き、積極的に戦闘訓練に付き合ってくれた。ともすれば甲斐甲斐しい働き。子供を無用にループに巻き込んだことに、一定の反省をし、間抜けなりに謝罪と補償をしてくれているようだった。


 ループの呪いを解くため、間抜けとは色々なところに出かけた。

 国を超え、大陸を超え、目的はあれど、自由気ままに旅をして、子供は世界が思ったよりもずっと広いことを知った。言葉も風習も見た目も、何もかもが違う。

 尖った耳をしたミーティーの民は度々嫌悪の対象となった。しかし一緒にいる間抜けが、意図せずおかしな行動をとり、周囲の注目をさらってしまう。子供に対する嫌悪は、間抜けが全て請け負った。勿論、本人は気にしていない。罵倒されようが、石を投げられようが、殴られようが、ヘラヘラしていた。

 ズレているな、と子供は逆に不安になる。


 そして今もまさに、蹴り飛ばされそうになっていた。

 店先の看板を避けるように、間抜けは男の足先の軌道を避け、平然とこちらを振り向き「おなかすいたね」と笑う。反応に困っていると、隣にいた風の神が呆れた笑いをこぼす。風の神は水や火の神と違い、子供を無視しない。それどころか、意識して関りを持とうとする節がある。


「***ちゃんは、興味がないことにはこんな感じよね~」

「……こんな感じとは?」

「見えていないのよ。殴られようが、蹴られようが、人間のすることが」

「……はあ?」

「だからね」


 風の神が笑う。瞬間、彼女の周囲で、ふわっと風が巻き起こり軽やかなメロディーが流れた。


「あなたは幸運だわ。***ちゃんに認識されているから」


 言葉は音楽に重なり、耳に届く前にバラバラに崩れてしまった。眉を寄せて崩れたピースを頭の中で組み立てていると、風の温度が変わった気がした。

 彼女は前方を歩く間抜けを目に収め、湿ったような生暖かい声色で呟く。切実な呟きは、愛の告白に該当するものだと、その時は気が付かなかったけれど。


 *


 間抜けと過ごすようになって暫く経ち、ともすれば数十年が経ち、何度か世界のリセットを繰り返した頃。もはや共にいることに違和感を覚えなくなった。

 違和感があるといえば、時が進むのがひどく速いことだ。つい何世紀か前までは、あれほど苦悩していた時の流れ。どういうわけか、苦しみ一つない。

 間抜けと一緒にいるのが楽しい、という言葉の置き換えは理性が邪魔する。


 間抜けの周囲は水と風と火の神がその時々で入れ替わる。隣に固定して存在を許されているのは自分だけ、そこが妙に自尊心を高める。誰よりも間抜けを知っているのは自分だけのような気がした。

 ──そして、間抜けを守れるのも自分だけ。

 間抜けも神たちも、間抜けの生死に無頓着すぎる。神らは、口出しこそするものの、本格的に危機が及んでも一切動きを見せない。子供だけが、間抜けの死と、世界の巻き戻りを、呆然と目の当たりにする。そんなことが繰り返されたら、守ってあげたくなるのも不可抗力だろう。


「守ってもらわなくても、大丈夫だよ」


 北大陸の最北の入り江で、氷河を砕いて進みながら、ふと間抜けが言った。

 獣人の国に行き、帰りに寄り道して帰ろうと子供が提案し、とんでもないスケールの寄り道をしている最中のことであった。日頃から子供が、間抜けの盾になろうと動いていることへの指摘であるのに、すぐに気づいた。子供の口調は年月の経過から変わったものになる。


「じゃが、妾が守らぬと、そなたはすぐ死ぬじゃろう」

「すぐは死なないよ。それに死んだとしても、また会えるよ」

「安直な。そなたがそれで良いとしても、妾が良くない」

「ああ」


 間抜けは何もない空白を見上げて頷く。「まあ、巻き戻ったら身体に不具合が出るよね」とヘラヘラと笑ったので、腹の中が冷たくなった。体が子供になることで戦闘力が落ちる、間抜けはその意図で同意したが、自分が言いたかったのはそうではなかった。改めて訂正の言葉を吐こうとするも、またも理性が邪魔をする。

 きっと言っても理解されないからだ。自分の主張は、ふざけた笑みで聞き流された上に蔑ろにされる。形にすらしていない思いを、踏みつけられた気分になり、口元が歪む。こちらの不機嫌を察することなく、間抜けは数十メートル先の氷のプレートへと跳躍した。あっちは機嫌がいい。理由はわかる。


「まあ、でも。会うのは次で最後だね」

「……そうじゃな」

「ループを止める方法、やっとわかったね。よかった、よかった」

「そなたは惨たらしく死ぬのに?」

「大丈夫。慣れてるからね」


 本気で気負いのない返事に、やはりズレた感性を知る。

 獣人の国で仕入れた情報だった。狼の長老が、昔の書物を取り出し、解呪の方法を教えてくれた。

『元凶の肉体を溶かして、身に取り入れよ』と。


 ──しかし、結果的にその情報は半分しか正解でなかった。

 ***を取り入れた子供。確かに***とのループは止まったが、代わりに毒に侵され、別のループが始まる。

 ***の方は、その方法により子供の記憶を失ってしまう。


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