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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
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24. 若い男の話②

 

 間抜け顔は頭も軽いし、口も軽かった。

 こちらが聞いたことは、全て包み隠さず教えてくれる。


 ***と名乗った間抜け顔は、「器」の責務を全うするため、各地を旅をしているらしい。どこの国にも属さず、外交事情に疎いとのこと。***が連れた男と女は、いずれも神で、修行中であることを話した。


 神と複数契約していることに内心ヒヤリとしたが、おそらくこの男、能力と知能が見合っていない。子供の怪我を一瞬で治しただけでなく、戦時下だというのにそれを知らぬ存ぜぬと通せたのは、それだけ周囲と戦力差があるからだ。周囲がいくら騒がしかろうが、***に取って些事にすぎない。

 彼の魔力を見ても明らかで、洪水のように溢れている。


 謙るつもりはなかったが、純粋に疑問だった。どのようにして、膨大な力を得たのか。

 流石にこの問いに返答はないだろうと思った。強さとは、強さを得た者の努力と忍耐と幸運の賜物だ。本人の苦労を蔑ろにして、礼一つを見返りに、他者は伝授する間抜けなどいるわけがない。

 いや、結論として、いたわけだが。


 子供の安易な問いに、***は、これまた安易に答えた。その答えが、予想の範疇から外れ、理解に時間を要する。


「……は? 今なんて?」

「だからね。ループしてるんだよ。俺」

「はあ?」

「いっぱい繰り返しているから、その分強いの。単純でしょ」

「それは、具体的に、どれくらい」

「忘れた」


 えへへ、と呑気に笑う。その笑みに、悪い意味で吸い込まれた。嘘のような話なのに、うっかり信じそうになっている。そして話はおかしな方に転がる。***は丁寧にもループの方法を教えてくれたのだ。その方法もまた、突飛で、失敗すれば引き返しができない手法だ。

 引き返せないのは子供ではなく、***の方が。


 ちらりと子供は男と女の方を見る。二人とも黙ってはいるが、話に耳を傾けていた。反対するでもなく、冗談でしょうと笑うでもなく、ただ黙っている。

 神たちの表情が読めない。能面でも被っているような、彼らの個性が体の奥底に沈んでしまったような、そんな印象を受けた。急に二人が人形へと変わってしまった。


 ──***は「自分を倒すこと」がループの入り口だと言った。


「……倒すって、どういう意味だよ」

「そのままの意味。俺を殺すとループ出来るよ」

「なんだよ、それ」

「君は強くなりたいんだよね? ループを繰り返せば俺くらいにはすぐになるよ」

「あっそ。じゃあ死ねよ」


 考えるより早く手が動いていた。ゴトッと、壺が地面に落ちた音がし、首から上がなくなった肉体が、飛沫を上げてゆらりと揺れる。

 倒れる前に男が受け止め、女は頭部を拾い、それぞれ何処かに消えた。全て一瞬の出来事であった。


 あまりに現実味が無さすぎて夢かと思う。実際、夢を相手にしているように、手応えがなかった。思考するよりも手が出た。食事も、斬首も。同じレベルで、疑問を持たずに出来てしまえること。夢の中としか思えない。


 突如、世界は暗転した。


 *


 今日で15706742回目の朝だ。


 子供の目が頭蓋骨の中へ窪んで落ちていく。朝だというのに、綺麗な青空だというのに、作り物めいた光景が寒々と見える。

 ***の言っていたことは、本当だった。彼を殺し、世界が暗転し、子供は過去に戻った。一度目は戸惑ったものの、数回繰り返したら、素晴らしいギフトを与えられた気分になった。

 繰り返すたびに、自分がどう立ち回れば良いかわかってくる。ミーティの弱さは魔物契約で補えると考えた。何度も試行錯誤を重ね、村を発展させ、死人は最小限で済むようになった。「これが最適解です」と、神様に提出したい。心から。本当に。切実に。


 最適解を導いたのに、また次のループがやってくる。繰り返し、繰り返し訪れる展開に、やがて飽きが回り、やがて諦めが浮かび、あっという間に絶望に転落した。

 神と一緒にいた間抜け顔は、ひょっとすると彼もまた、神だったのではないか。神殺しを行った自分は、今こうして終わりのない罰を受けている。

 出来ることなら、過去に出会ったあの瞬間に立ち戻り、やり直したい。気が狂いそう、けれど完全には気が狂わない。自分の一挙一動、精神状態までも、世界の決められた枠組に嵌められている。

 子供はギリギリの自我を保ったまま、連日彼の名前を叫んだ。



 *



「は〜い。呼んだ〜?」


 それから更に、何度目かの世界。

 喉が枯れ、血を吐きながら名前を呼んだ向こう側で、呑気な返答があった。頭蓋骨に完全に埋まってしまった目は、直ぐに反応ができなかった。


 柔らかく、呑気で、世の憂いを何一つ知らない純真無垢な声色。幻聴を疑い、再度名前を呼び、膜の向こうから男が子供の名前を呼ぶ。ヘラヘラと。

 意識が浮上した。


「どうしたの?」と、問う彼の姿が見える。夢にまで見た、待ち焦がれた存在が突如目の前に現れた。実際現れると、どうすればいいのかわからない。「どうしたもこうしたもあるか!」言葉は声にならず、子供は目の前の男に抱きつく。

 何千年も無意味に生き続けた子供は、精神状態が枯れ木のように乾き切っていた。なのに見た目の年齢そのままに、だらしなく泣きつき、声高に罵倒し、離すまいと手に力を込める。

 間抜け顔は困惑しながらも、ヨシヨシと頭を撫でてくれた。



「そうか。それは大変だったね?」


 間抜け顔は事の重大性をいまいち理解できていないようで、曖昧に首を傾げた。

 子供はもう3600年あまり生きている。人間の寿命から逸脱した時間はもう苦痛でしかない。恩恵に感じたのは始めだけで、いい加減終わりが欲しかった。必死の訴えは間抜け顔には通じず、変わりに彼の後ろに控えていた男が代弁した。「アクラ」と呼ばれた男は以前も見たことがある。


「人間の寿命は60年ほどと聞きます。過剰な寿命の伸びは苦痛に違いないでしょう」

「そうなの?」

「そうなんじゃねえの? 本人がそう言ってんだし」

「そうなのか」


 アクラとは別に、赤い男が相槌を打ち、間抜けはこくりと頷いた。間抜けは難しい顔で空中を睨み、そしてゆっくりと子供に目を向ける。数分無言で考えた後、「よし、わかった」と手を叩いた。叩いた音も軽ければ、彼の口から発せられる内容も軽い。神たちも眉間に皺を寄せる。


「じゃあ、ループを止めようか」

「はー? どうやってだよ」

「今まで散々止めようとしてきたではないですか」

「方法は、ほら、探りながら」

「成程。案はねえのか。言ってみただけか」

「いや、でも。気持ちは前向きに」


 空気を読んで黙っていたら、間抜けはこちらを振り返った。


「というわけで、よろしくね」

「え?」

「君のループを止めれるよう、頑張るから」

「…………?」

「ちゃんと止まったか確認するから、それまで一緒にいるね」


 子供だけでなく、神たちまで唸った。


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