11. 精霊探し
ふわふわの毛布と就寝出来るスペースを手に入れたサーシャは割と本気で寝続けた。
馬車の中でやる事もないので、ルーナと喋る以外は景色を眺めたり、毛布にくるまったり。姉さんからもらった石鹸で念入りに洗ったのでウサギの毛布は仄かに花の香りがして気持ちいい。
しかし逆に魔物除けとして効果を発揮されなくなるという事だ。夜は一応警戒の為、担任と半々に見張りをして(担任はもう何も言わない)寝不足は昼に補う。
そんなこんなで数日経ち、Fクラス一行はやっと目的の森に着いた。
各々馬車から降りて、凝り固まった体を伸ばす。サーシャは森の入り口に立って、不思議そうに首を傾げた。
精霊がいるというからにはどんなに凄い森なのだろうと思っていたが、見れども見れども普通の森である。実家の森と何が違うかわからない。こんなところに来る為に何日も馬車に揺られたのか、と疲労が更に溜まった気がする。
「あら? どうしたの? 浮かない顔して」
女性が通りかかり、くたびれたサーシャの顔を覗き込む。
「何だか、急に疲れてきたんです」
「なぜ?」
「精霊がいるって聞いたのに何もいないから」
「あら? 精霊は目に見えないのよ? だって精神体だもの」
そうなのか。
顔を上げると女性が微笑む。
担任が集合の号令をかけた。荷台から麻袋を取り出し、その中から生徒人数分のコンパスを出して地面に並べた。掌大のそれは針がゆらゆら揺れていて、気づいた生徒が喜びの声を上げる。
「本当に精霊がいる!」
「あっちを指してるみたい!」
コンパスは精霊に反応するらしい。ノースマークの色が普通のコンパスと違う。
赤は赤だが、じわじわと緑に変わったりする。色はそのまま属性を示しているのだろう。コンパスの示す方向に、該当する属性の精霊がいる。
「全員に探知機は渡ったか。それではこれより精霊の探査を始める」
担任がそう言うと、続いて組み立て式の鳥籠を生徒に配った。
「精霊を見つけたらこの中に入れろ。契約の儀は学園で行う。探査の期日は三日。ここをキャンプ場とするから自由に休息を取れ。質問は?」
「魔物は出ないんですか?」
生徒が手を上げる。魔物、という言葉に他の生徒も震え上がる。
「ここは祝福の森、聖域だ。魔物は出ない」
「そうなんですね」
ほっとした生徒たちは、それぞれ出発の準備を始めた。
「サーシャ」
担任が読んだので顔を向けた。男の顔は何とも複雑そうで、サーシャは首を傾げる。何も言わずに頭を撫でられ、担任はそれっきり背を向ける。よくわからないな、と思いながらサーシャは与えられたコンパスを見た。
「あ、ちょっと。えー!」
ひょいっと隣から奪い取られ、茂みへと放られる。なぜ、と隣を睨みつけて、放られた茂みに頭を突っ込み探すが、ない。
小枝の間に挟まって途中で止まったのか、土の窪みに落ちて死角になっているのか。探せど探せどコンパスは見つからない。
もしかして消した? なんで?
コンパスを放った犯人は普段通りの顔で肩をすくめた。一ミリも悪いと思っていない。
「どうせ、契約とかしないじゃん。要らないでしょ」
「でも、どんな感じか知りたかった。たとえ見えなくても」
「…………」
「あ、ルーナの魔法でこっちだ〜、とかならない?」
「ならない」
硬くきっぱりと否定され、しょんぼり。
まあ、無くなったものは仕方ないか。
しかし驚くべきスピードで考えを切り替えたサーシャは、ルーナの行動の意味へと意識を向けた。契約を嫌だと言い、コンパスを消したのは精霊探しそのものが嫌なのだと。
何故かはわからないが、ルーナが嫌なことを強要して行うほどの気持ちはない。逆にこちらを睨みつけるように見ているルーナに、手を差し伸べる。サーシャは精霊への興味を外し、代わりに森に関心を向けた。
「聖域って言ってたよね。神獣とかいるのかな。図書館で見たよ」
「今度はそっちが気になるのか」
「見た目ふっつ〜の森だよね。探検してみよ」
「はいはい」
森へ関心を向ける分には良いようだ。機嫌をやや直したルーナの手を握り、ガンガン二人は森へと進んでいく。クラスメイトがコンパスを持って方々へ散る中、サーシャ達は考えなしだ。
背後で担任が「道に迷ったら救難信号の薬玉使えよ」と言っているが、おしゃべりに夢中で全く聞いていなかった。
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「どこが聖域なのかな? あ、ここかな?」
散策というのんびりした散歩に方針を切り替えたサーシャは、童心そのままにその辺りの茂みを捲る。
捲った先でリスが驚いて逃げ出してしまった。「可愛い、待って〜」とサーシャが追いかけていく。追いかけて、盛り上がる根上に足を引っ掛けて転ぶ。泥だらけになり「やれやれ」と帰ってきた。
ルーナに言わせればこっちの方が「やれやれ」だ。アホ全開な行動にルーナの方はため息が尽きない。
この合宿の目的を知ってからルーナの中で複雑な思いがずっと渦巻いているのにアホな子供は全く気づいていない。選択した行動により分岐した未来が全く見えないような、暗闇が続くような心許なさをずっと感じている。
「どうしたの? ルーナもリス、見たかった?」
暗い顔をしたルーナに、これまたアホな声をかけるので思考に沈むこともできず半端に放置されてしまう。
しかし、意識して本題へ誘導しなければ、宙ぶらりんのまま進まない。覚悟を決めてルーナは口を開いた。
「ここは聖域だよ。どう見ても」
「え? どの辺が? やっぱルーナには何か見えてるの?」
「サーシャにも見えてるでしょ。変なのがいっぱいいるじゃん」
「え〜?」
サーシャはキョロキョロ全方位眺めるが、特別珍しい景色ではないと目が語る。サーシャにとって非常に身に馴染んだよくある森だ。
聖域という守られた土地だけあって、住人は多い。ところどころに生徒とは異なる姿が見える。魔物が出なくて何よりだと、サーシャは思う。
「う〜ん」
念入りに景色を観察するが、サーシャは全く理解していない。
「本気で言ってるの? 僕、これでもかなり覚悟決めてきてるんだけど」
「なんの覚悟?」
急に話が飛んだように感じたらしく、サーシャは本筋を求めて首をかしげる。
これまで散りばめられた不自然と違和感に、そろそろ気づいてもいいはずだ、とルーナは思う。呑気で愚鈍な子供の思考回路に甘えて、真実を逸らし続けてきたが潮時なのではないか、と。
「一応、サーシャの住んでた所も聖域だから」
「え、そうなの?」
「厳重に結界が張られてるから、まだ人間に発見されてないけど」
「確かに、魔物はいなかったね」
驚くべき新事実にサーシャは目を丸くするが、気づいて欲しいのは魔物の有無ではない。ルーナは森の奥へと足を進めながら話を続けていく。
「じゃなくて、サーシャの家に住んでたの。あれ人間じゃないからね」
「え!」
そこでやっとサーシャは本当の驚きを示した。




