表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
147/153

21. 時系列

 

 エルヴァルド歴

 843年 鉄線の月 リリエンタール長男として誕生。獣人の国・チコーシュへ送られる

 843年 蒼穹の月 道中海難事故に遭い行方不明に

 846年 ??の月 妖精の家にて自我に目覚める

 84?年 ??の月 水の神と合流

 849年 海鳴りの月 魔術師学園から入園案内が届く

 850年 鉄線の月 魔術師学園に入園

 850年 蒼穹の月 火の聖域にて火の神と合流

 85?年 ??の月 風の神と合流

 85?年 ??の月 月の神と合流

 858年 銅蟲の月 世界樹が完成



「こんなところか」


 思った以上に内容が薄いな、と思ったがルートヴィヒの顔色は悪くない。むしろランダム要素の多い世界にしては、基軸となる部分が把握できて満足した様子だ。


「最も多く経験したルートは魔術師になる道なのだな。しかし今は魔物の道を選択している。理由を聞いてもいいか?」

「アマデウスとループの途中で何かあったみたいなんだよね。それで彼を呪ってしまって。罪滅ぼしのための寄り道みたいなものだよ」

「ふむ。君がサーシャでもファリャでもない、何者かであった時だな」


 相変わらず呑み込みが早い。ルートヴィヒは一度説明しただけで説明以上の仮説を立ててしまう。


「しかしその名前をサーシャに伝えない。名が分かれば君に記憶が蘇る。なのに何故隠すのだと思う?」

「さあ」

「まあ、隠そうとしても意味はないのだが」

「???」


 弟の指がファリャの首をなぞる。亀裂がないのを確かめるかのように執拗に往復するのでやや呼吸が苦しい。抗議のために顔を上げると美しい黒曜石の瞳と視線がぶつかる。

 その瞳は余裕と喜びに溢れている。


「なぜなら君には私がいるから」


 何者にも屈しない優雅な笑み。

 その後呼ばれた名前に、頭が割れんばかりの激痛を味わった。





 *





 気づけばファリャは上空に浮かんでいた。


 目にも鮮やかな茜色が空と大地を彩っている。地平線が白い輪郭を象り、触れた途端火花を上げて燃え上がりそう。涼やかな風が頬を撫でフェニックスの羽毛に紛れ込む。

 自分の他に誰もいない空虚な夕暮れ。ルートヴィヒも、飛空艇も、夢魔も人魚姫も忽然と姿を消してしまった。


 半ば夢見心地で体を反転させる。

 魔力を体の隅々まで馴染ませると、いったん出力を止めた。当然大地に落下して潰れる肉体。

 土煙を森にまき散らして、視界の定まらないままフェニックスの炎が身を包む。痛みも嘆きも今ファリャを包み込む混乱の前では無力であった。


 ルートヴィヒが自分を『ヘンデル』と呼んだ。脳みそを無理やり引き裂かれスペースのないところに強引に記憶をねじ込まれたような感覚。

 それは『サーシャ』でも『ファリャ』でも知りえない記憶であった。しかしルートヴィヒに与えられた刹那、確かに自分の記憶であると自覚した。詰め込まれたばかりの記憶の蓋を開くのは苦しい。けれど開けずにはいられない衝動。

 蓋の隙間から見えるのはルートヴィヒと自分の少年期の旅の記録だ。兄弟とも知らず、魔術師学園のルートに乗らず、気ままに世界を回った、なんてことない話だ。その間に出会った仲間のことも。


(……痛い)


 夢の中で正体不明の影に出会ったのは自分だけではなかったのだ。ファリャ本人すら認知していない奥深くに沈んだ深層心理。そして深層の記憶。ルートヴィヒも同様に取り戻していた。

 しかもあの余裕の笑みからするに、もっと知っている様子だった。ファリャは雑音が酷くて聞き取れなかったというのに。


 痛む頭を抱えながら最後にルートヴィヒが言ったことを思い出す。


『君は先に里に戻れ。私は後から追いかける』


 涙が顔中を濡らす。これはいったい何の涙なのか。痛いのか苦しいのか、体なのか、それとも心の方なのか。混乱という暴風雨を頭に抱えながら、半ば必死で弟の指示に従った。

 何かが抜けている気がしたが生憎そこを考える余裕がなかった。


 里に着いたのは夜の帳も降りた頃。

 出発したときの倍以上の時間がかかってしまった。気を抜いたら墜落しそうで、重くなった頭を胴体に繋げながらなんとかアマデウスの待つ自宅に到着した。

 人里離れた森の中は虫の音と葉の擦れる音しかしない。ゆっくりと木枠の扉を開けると部屋の真ん中で男が本を読んでいた。ただの本ではなく勿論魔書だけれど。

 アマデウスは魔書の研究に全精力を注いでいる。


「ただいま」


 そう言うと男はゆっくりを頭を上げる。


「遅かったのう。子供らと夢魔、人魚姫ならもう帰っておるぞ。何かあったのか」

「ちょっとねー」


 説明する気力がない。ふらふらと覚束ない足取りで洗面所まで向かう。竹で編んだすだれをくぐり、羽をしまって服を脱ぐ。二重扉で仕切られた風呂場へ足を踏み入れると視界全面が湯気で白く染まる。

 軽く身を清め湯船に身を沈めたところでようやく落ち着いた。今日はいろいろと疲れた。


 整理できない宿題を増やされた気分で頭が痛い。

 ルートヴィヒは味方になってくれそうな雰囲気だったが、実は何がどうなったのか状況がいまいち理解できていない。


(これから、どうするんだっけ?)


 今世の目的はおおよそ達成できている。

 アマデウスの毒素を抜き、呪いを解いた。器としての役目は端から放棄しているので神との契約は今更できない。ファリャが思うに、世界の継続は精霊王の契約の儀が成功するか否かにかかっている。

 無論弟にもその話をし、彼も同意してくれた。問題はどうしたら成功するかなのだ。

『ヘンデル』として蘇った記憶によれば、『器』はファリャやアマデウスだけではない。旅の途中で別の『器』にも出会った。


(何百回行っても成しえなかった、神との契約)

(そもそも自分ではダメなのでは? 別の『器』を精霊王にすればいいんじゃないか?)


 いつの間にか頭が湯の中に沈んでいる。

 溺死と蘇生を繰り返しながらファリャは思考の海へと飲まれていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ